宮城大会 5月26日(日)午後 1)スケジュール 13時〜14時 ・学生発表表彰式(13:00〜14:00 メインホール) ・特別企画「月経前症候群・月経前不快気分障害診断治療管理指針コンセンサスミーティング」(13:00〜13:50 橘) ・教育セミナー「集まれ鍼灸研究者!観察研究の統計解析ハンズオンセミナー」(13:00〜13:50 白橿1) 14時〜15時 ・教育講演7「総合診療・膠原病リウマチ領域での鍼灸治療の可能性」(14:00〜14:50 メインホール) ・シンポジウム7「災害と鍼灸:災害鍼灸への期待、現状、課題」(14:00〜15:20 橘) ・パネルディスカッション3「未来を変える『評価』の取り方」(14:00〜15:20 白橿1) ・報告2「JLOM部、辞書用語部、鍼灸電カル会議/作業部会合同報告会」(14:00〜15:50 萩) ・実技セミナー6「アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療」(14:00〜14:50 白橿2) 15時〜16時 ・教育講演8「鍼灸師が知っておくべき漢方診察と漢方薬」(15:00〜15:50 メインホール) ・実技セミナー7「YNSA」(15:00〜15:50 白橿2) 16時〜17時 ・実技セミナー8「操体法と鍼灸」(16:00〜16:50 白橿2) ・市民公開講座(16:00〜16:50 メインホール) ・閉会式(17:00〜 メインホール) 2)各抄録 13時〜14時 ・特別企画「月経前症候群・月経前不快気分障害診断治療管理指針コンセンサスミーティング 〜鍼灸師の皆様のご意見をお聞かせください」(13:00〜13:50) 座長:近畿大学東洋医学研究所 武田卓  明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科 田口玲奈 SS-1 月経前症候群・月経前不快気分障害指針 コンセンサスミーティング 演者:武田卓 近畿大学東洋医学研究所 東北大学医学部産婦人科 昭和大学医学部産婦人科 東京医科歯科大学医学部産婦人科 東京歯科大市川総合病院産婦人科 医療法人杏和会阪南病院精神科 弘前大学保健学科保健学専攻  月経前症候群(PMS)、月経前不快気分障害(PMDD)は、月経前の不快な精神・身体症状を特長とし、QOLを著しく障害する。我が国においては、諸外国に比べても疾患認知が遅れており、また治療に関しても普及していないのが現状である。そこで、日本産科婦人科学会女性ヘルスケア委員会(令和3年度・4年度)「月経前症候群・月経前不快気分障害に対する診断・治療実態調査小委員会」において、産婦人科医・精神科医を対象に実態調査を実施した。その結果、いくつかの問題点が明らかとなり、PMS/PMDDに関する産婦人科医への教育の必要性が考えられた。そこで、令和5年度よりEBMや世界・日本での医療の現状を踏まえて診断・治療指針作成を開始し、12項目からなるクリニカルクエスチョン(CQ)原案が作成された。代替医療は世界的にも、PMS/PMDD治療において大きな役割を果たしており、特に米国産婦人科学会から最近報告された診療ガイドラインにおいても、鍼治療が低侵襲治療としてある程度の推奨度をもって記載された(conditional recommendation, low quality evidence)。そこで、現在作成中の指針においても、CQ案「補完代替医療をどのようにもちいるか?」としてビタミン、ハーブ、栄養素等の代替医療を独立したCQとして取り上げた。さらに、このCQに対するアンサーで「鍼治療を用いる」として他の治療法と並列で鍼治療を明示した。産婦人科診療においては、鍼灸治療はあまり馴染み深いものではないが、世界の趨勢を考慮すると治療方法の一つとして今後認知していく必要性があると考えられる。そこで、今回の企画では、PMS/PMDDに関する西洋医学的なエビデンスを概説するとともに、指針案を提示しコンセンサスミーティングとして全日本鍼灸学会会員の皆様のご意見を頂戴できればと考えている。このような企画を通じて、今後のPMS/PMDD診療における産婦人科医・鍼灸師との連携が促進されることを期待したい。 キーワード:PMS、PMDD、管理指針、産婦人科、代替医療  ●略歴 1987年 大阪大学医学部卒業 1995年 大阪大学医学部大学院博士課程修了 1997年 大阪大学医学部産婦人科助手 1998年 大阪府立母子保健総合医療センター産科診療主任・医長 2001年 大阪大学医学部産婦人科助手 2004年 大阪府立成人病センター婦人科副部長 2007年 大阪大学医学部産婦人科助教(学内講師) 2008年 東北大学医学部先進漢方治療医学講座准教授 2012年 近畿大学東洋医学研究所所長教授、東北大学産婦人科客員教綬 ・教育セミナー「集まれ鍼灸研究者!観察研究の統計解析ハンズオンセミナー フリーソフトEZRを使ってみよう」(13:00〜13:50 白橿1) 座長:埼玉医科大学東洋医学科 堀部豪   演者:加用拓己 福島県立医科大学会津医療センター附属研究所漢方医学研究室  本セミナーでは、観察研究で頻用される統計解析の手法を無料の統計ソフトウェアEZRで実行する方法について解説します。  観察研究では、興味のある曝露群(治療群)と非曝露群(非治療群)の群分けがランダム化されていないため、各群における背景要因の分布が不均衡となっている場合が多く、したがって、曝露(治療)の効果を推定するためには、これら不均衡な背景要因を適切に調整する必要があります。背景要因の調整は、一般に統計ソフトウェアによって行われますが、商用のソフトウェアは個人で購入するには高価であり、またプログラミングに関する知識も求められます。一方、本セミナーで解説するEZRは、無料かつ基本的にマウス操作だけで解析を実行できるユーザーフレンドリーなソフトウェアであり、すでに多くの研究論文で使用されています。  本セミナーでは、多変量回帰モデルや傾向スコア法といった観察研究で頻用される統計解析をEZRで実行する方法について解説します。また、セミナー内容をまとめた資料を当日配布することも予定しています。  本セミナーに参加される方は、以下の2点が事前に実行されたご自身のパソコンを会場にお持ちくださいますようお願い致します。 1. EZRのインストール EZRは、開発者である神田善伸先生が所属する「自治医科大学附属さいたま医療センター血液科」のホームページ(https://www.jichi.ac.jp/saitama-sct/)からインストールすることができます。ご自身のパソコンのOS(Windows、Macなど)に合わせてインストールしてください。以前にインストールされている方についても、最新版のインストールをお願いします。また、EZRが正常に起動することも確認しておいてください。 2. 解析用データのダウンロード セミナーで使用する架空の解析用データを用意しました。以下のURLから「Analysis data.csv」というCSVファイルをご自身のパソコンにダウンロードしておいてください。解析データダウンロード用URL:https://xgf.nu/s9sAH キーワード:観察研究、統計解析、EZR ●略歴 2007年 明治鍼灸大学鍼灸学部鍼灸学科卒業 2009年 明治国際医療大学大学院博士前期課程修了(鍼灸学修士) 2009年 明治国際医療大学研究生 2011年 社会福祉法人青藍会山口アレルギー呼吸器病センター 2013年 医療法人社団汐咲会しおさき鍼灸施術所 2018年 福島県立医科大学会津医療センター附属研究所漢方医学研究室助手 2019年 大阪大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了(公衆衛生学修士) 14時〜15時 ・教育講演7「総合診療・膠原病リウマチ領域での鍼灸治療の可能性」(14:00〜14:50 メインホール) 座長:新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 鍼灸健康学科 粕谷大智 EL7 総合診療・膠原病リウマチ領域での鍼灸治療の可能性 演者:増田卓也 三井記念病院総合内科・膠原病リウマチ内科 東邦大学医療センター大森病院東洋医学科 (一社) 北辰会  明治初期まで、鍼灸は漢方薬と同様に国民の全ての領域の医療を担う総合診療そのものであった。明治時代以降の西洋医学、基礎医学研究偏重の影響もあり、近年鍼灸の作用機序の解明が大きく進み、昨今ではトップジャーナルに鍼灸の論文が掲載されるようになった。しかし、『黄帝内経』など古典をベースとし、数百年以上もの間に臨床実践を経て完成された日本鍼灸の恐るべき治療効果は、未だ完全に解明されているとは言い難い。演者が所属する北辰会では、手技以外にも患者への深い人間理解、正確無比の触診や弁証論治、診療中の雰囲気などそれら全てが治療効果を左右しうることが経験的に知られている。鍼灸の臨床は、Illness:主観的な病(やまい)の物語の診療(ナラティブ・メディスン)や、Bio-Psycho-Socialモデルを駆使した診療の一つの完成形なのである。こうした側面は、卓越した臨床医が診療の場の雰囲気で知らぬ間に患者を治療してしまっているのと同様であり、臨床試験においても数字として表れにくい面である。  現代の総合診療で課題として、膠原病など診断はなされたが西洋医学で対処困難な症状や、外来受診患者の約3割を占める、医学的に説明できない症状(Medically Unexplained Symptoms: MUS)がある。それに対し、未だに西洋医学は解決の糸口を見出したとは言い切れず、重度の症状を自覚する患者にとっては治療法のない難病に罹患したも同然である。それらの中には、適切に漢方薬や鍼灸の診療を受けることで症状の緩和や社会復帰の達成が期待できる患者がいるが、現状、鍼灸院との連携が未確立であることや、漢方専門医が約2,000人程度である背景もあり、日本では東洋医学診療の提供体制が良く整備されているとは言い難い。  演者は、鍼灸の研修を受け総合診療や膠原病領域の診療で実践しているが、鍼灸が時に大きなgamechangerとなりうる場面を何例も経験した。鍼を握ることは、古人の総合診療の技と叡智を継承することと同義であり、今までにはなかった臨床の視点を得ることができるのである。本講演では、自験例を提示しつつ総合診療・膠原病領域での鍼灸治療の可能性や、今後の課題について臨床医の視点から概説する。 キーワード:総合診療、膠原病、鍼灸 ●略歴 2017年 久留米大学医学部卒業 2019年 大船中央病院初期臨床研修修了 2022年 三井記念病院総合内科・膠原病リウマチ内科専攻研修修了 2022年 同院総合内科・膠原病リウマチ内科医局員 2022年 東邦大学医療センター大森病院東洋医学科非常勤勤務__ ・シンポジウム7「災害と鍼灸:災害鍼灸への期待、現状、課題」(14:00〜15:20 橘) 座長:独立行政法人国立病院機構本部DMAT事務局 小早川義貴 演者:災害鍼灸マッサージプロジェクト 三輪正敬 S7-1 災害と伝統医学(漢方、鍼灸)歴史と経験から考える課題 高山真 東北大学病院総合地域医療教育支援部(総合診療科、漢方内科) 日本の伝統医学は主に中国より伝わり、その後に独自の発展を重ねて現在の医療のなかで活用されている。鍼灸治療と漢方薬治療については、後漢の時代に編纂された傷寒論の中に、疫病や争いごと、飢饉などの状況での活用が記載されており、現代の災害時にも活用の参考になる。急性発熱性感染症や外傷、疼痛などについては、いまだ有用であるものも数多くある。演者は、2011年の東日本大震災後の避難所の支援活動に参加し、避難者を対象に漢方薬や鍼マッサージを行った経験から、現地でもこれらの支援が有用であることを認識した。また、2016年の熊本地震の際にも特定非営利活動法人AMDAの活動に参加し、避難者を対象に鍼マッサージの支援を行い、疼痛緩和や排尿排便障害、不眠などの症状の改善が即効性をもって得られることを実感した。2024年の能登半島地震においても、被災地での支援者支援として、1.5次避難所での避難者支援として、鍼マッサージが行われた報告が、災害支援鍼灸マッサージ師合同委員会(DSAM)や日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会(JLCDAM)含め、複数のウェブサイトで確認することができる。2011年に支援活動を行っていた際には情報の共有が不十分であり、どこでどの団体がいつ活動を行っていたかが不明で、情報が集まったのが発災から1年後であったが、2016年、2024年ではさほどのタイムラグが無く情報が公開され、有資格者のボランティアも参加しやすい状況に変わってきた。一方で、実際に現地で鍼マッサージによる支援を行う際には、様々な課題があり配慮が必要と思われる。支援は現地のニーズに合わせて行うものであり、ニーズ調査と現地の業団との連携、行政との連携が重要となる。 また、現地での交渉や準備調整には担当を集約する必要があり、指揮命令系統の明確化が望まれ、これがうまくいかないと混乱を招くこととなる。施術については、鍼マッサージを行えるプライベート空間が必要であり、清潔操作や鍼の管理にも細心の注意が必要となる。施術内容も刺激が過度に大きくならないような配慮が必要となる。受療者の中には、疾患を抱えている方々も多く、背景の聴取、バイタルチェックを行うこと、必要に応じて医師、保健師への引継ぎや情報提供が望まれる。災害時支援においての人道的な配慮のもと、鍼マッサージによる支援が安全にかつ適正に行われることを目標に、意見交換をしたい。 キーワード:災害、伝統医学、鍼、マッサージ 1997年 宮崎医科大学医学部医科学科卒業 2010年 東北大学大学院医学系研究科医学博士課程修了 2010年ミュンヘン大学麻酔科ペインクリニック留学 現在、東北大学病院漢方内科副科長・医局長、東北大学病院総合地域医療教育支援部副部長、 東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座特命教授__ S7-2 東日本大震災の支援と業団体としてのその後の取り組み 演者:稲井一吉 公益社団法人宮城県鍼灸師会 東日本大震災の支援と業団体である本会のその後の取り組みを、発生時から時系列的に列記し、最後に課題をまとめてみた。 【東日本大震災の発災時の状況と支援内容】  2011年3月11日、1000年に一度と言われた未曾有の大震災が宮城県沖で発生。半月以上に亘り、私の生活および仕事はマヒ状態に陥ったが、少し生活や気持ちが落ち着いた時点で、個人でボランティア活動を開始。近くの避難所を回るも、受け入れや需要がなく、施術には至らなかった。  4月後半から、業団体である宮城県鍼灸師会(以下、本会)の会長(当時)樋口秀吉氏が、個人としてボランティア基地局を立ち上げ、全国から集まったボランティアの宿泊を支援し、避難所への派遣コーディネートを行った。  本会は、その支援団体として、基地局運営やボランティア活動を支援した。 支援終了後、本会としての災害への意識の薄れもあり、具体的な災害対策はなされないままになっていた。 【震災後の本会の災害支援への取り組み】  2019年10月に発生した台風19号により県内の多くで豪雨被害が発生。  ボランティア活動について、本会が初めて主体となって活動することを決定。樋口前会長の指南を受け、丸森町と大郷町で活動開始。延べ人数200人程の避難所ケアをすることができた。しかし振り返ると、災害時の準備が足りなかったため、初動対応、人員集め、避難所での活動など多くの課題が浮き彫りになった。そこで、一番の課題を本会独自のガイドライン作りとして掲げ、2021年「災害鍼灸支援ガイドライン」が完成。翌年にボランティア部分を抽出したマニュアルを作成した。  2022年2月に発生した震度5強の地震では、ガイドラインが活かされ、会員安否や被害状況をスムーズに把握することができた。 【今後における課題】 1、丸森町では、先ず避難所に活動に入る難しさを感じた。災害時の需要に素早く応えられるには、普段どのような準備をしておくべきなのか。 2、人は時間の経過とともに、災害の意識が薄れることを実感。危機意識を如何に保ち続け、継承するか。 3、丸森町でのケアの際、我々が入る前に、個人で避難所に入りケアを行なったボランティアがいたらしく、「ケアをしてもらったが却って調子が悪くなり、もう施術は遠慮したい」との声があった。安全に避難所ケアをするために、必要なことは何か。以上3点について、業団体の視点から述べてみたい。 キーワード:三つの課題 ●略歴 1982年 赤門鍼灸柔整専門学校鍼灸科卒業 1985年 稲井はり灸院開業 1999年 経絡治療学会東北支部講師 2001年 (公社)宮城県鍼灸師会副会長 2003年 (公社)日本鍼灸師会理事 2016年 (公社)宮城県鍼灸師会会長 S7-3 長期的な災害支援から広がる鍼灸の可能性 演者:森川真二 はり灸レンジャー  2011年、東北地方を襲った東日本大震災。その惨状を目にして、心動かされた方も多かったのではないでしょうか? 当時、被災地の為に何か出来ることはないかと同じ思いを持った仲間で結成されたのが「はり灸レンジャー」です。始めはどんなことでもお役に立てればという気持ちで、被災障害者を支援するNPO団体の一ボランティアとして被災地に入りました。そこで鍼灸の必要性を感じ、私たちの支援活動がスタートしました。障害者支援から始まったことから、災害弱者と呼ばれる障害者や高齢者、さらにその支援者(家族や介護職員)など、支援が届きにくい人や地域を主な支援対象としました。  しかし、被災地では、鍼灸が未経験の方も多く、鍼灸に対して強い拒絶反応を示される現実もありました。他の医療関係者からも理解を得るには、まず鍼灸を取り入れて貰う為の工夫が必要でした。その一つが、施術にローラー鍼や台座灸を使用し、それらを希望者には無償で提供することでした。鍼灸を受けて貰うきっかけにもなりました。そして、被災者の健康を維持する為には、その場限りの施術だけでなく、ご自身で健康管理できることの重要性も感じました。そこで、セルフケアを効率良く伝えられる「お灸教室」「親子小児はり教室」なども開催することになりました。  多くの災害医療支援は急性期でかつ短期的なものが多いですが、私たちは細く長くの支援を続けてきました。それは始めから意図していたものではなく、被災地の声に応え続けることで、実現したものです。特に東北沿岸部では被害が広範でかつ甚大で、復興には長期的な支援が求められました。東北には約8年間に渡り18回の訪問を続けました。現地に訪問し続けたからこそ分かる被災者の苦悩などを知ることもできました。  災害支援に携わる鍼灸団体も多種多様です。組織的で計画的な支援活動が求められる場合もあれば、私たちのような少人数で機動性の効く細やかな支援が求められる場合もあります。ただ、一個人で出来ることはしれています。何より、混乱した被災地での個々の活動は逆に迷惑をかけることもあります。他の団体と連携しながら、多様性が活かされる支援が展開されれば、私たち鍼灸師による災害支援活動は被災地の復興の一助となるものだと確信しています。そんな一ボランティアから始まった支援活動を通して、被災地で感じた鍼灸の可能性をご紹介します。 キーワード:災害支援、鍼灸、ボランティア、セルフケア、ローラー鍼 ●略歴 2003年 岡山大学農学部総合農業科学科卒業 2010年 神戸東洋医療学院鍼灸科卒業 2010年〜 SORA鍼灸院院長 2011年〜 はり灸レンジャー結成(関西代表) 2017年〜 神戸東洋医療学院非常勤講師 2021年 明治国際医療大学大学院鍼灸学専攻修士課程修了 2022年〜 一般社団法人反応点治療研究会理事 S7-4 災害鍼灸の課題 JLCDAMによる災害支援窓口一本化の取り組み 演者:小野直哉 日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会(JLCDAM) (公財)未来工学研究所 明治国際医療大学  2011年3月の東日本大震災以降、鍼灸関連諸団体により災害時の鍼灸による支援活動が活発になっている。災害支援では、被災地となる自治体の防災担当者や災害派遣医療チーム(DMAT)、災害派遣精神医療チーム(DPAT)、災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)、日本赤十字社救護班(日赤救護班)等、防災や災害支援諸団体との多様者・多職種連携が必須となっている。  災害支援の共通原則を示す共通言語にCSCATTTとCSCAHHHがある。傷病者の救護ではTTT(Triage:トリアージ、Transport:搬送、Treatment:治療)が、要配慮者の救護ではHHH(Health care Triage:ヘルスケアトリアージ、Helping Hand:手を差し伸べる、Handover:つなぐ)が主たる災害支援であるが、何にも共通するのはCSCA(Command and Control:指揮と連携、Safety:安全確保、Communication:情報収集伝達、Assessment:評価)である。故に、災害支援では各職種にも指揮命令系統の窓口一本化が求められる。各職種の指揮命令系統の窓口一本化は、災害支援での防災や災害支援諸団体との多様者・多職種連携にも必須であり、日本の鍼灸界の災害支援の窓口一本化が課題となっていた。  この課題を解決するために、2018年6月の全日本鍼灸学会大阪大会会期中に大阪市内で、災害時の鍼灸による支援活動を行ってきた鍼灸関連諸団体により、災害時の情報共有と連絡の場として、日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会(JLCDAM)設立の会合が持たれた。2018年7月の平成30年7月豪雨(西日本豪雨)を切掛に、JLCDAMのメーリングリストが立ち上がり、日本鍼灸師会と全日本鍼灸マッサージ師会による災害支援鍼灸マッサージ合同委員会(DSAM)や災害鍼灸マッサージプロジェクト(災プロ)、鍼灸地域支援ネット、はり灸レンジャー、東京路上鍼灸チーム(TRAST)、プロジェクトさとわ、AMDA関係者、他有志等がメンバーとなり、全日本鍼灸学会や日本伝統鍼灸学会、社会鍼灸学研究会等がオブザーバーとなっている。  JLCDAMでは、多様性の中の統一を前提に、災害時の鍼灸による支援活動を行ってきた鍼灸関連諸団体の相互理解による顔の見える関係を構築し、各団体の多様な特性の尊重と活用による、災害時の有機的連携の枠組みを構築するために、災害支援活動の情報共有・協力・連携、平時の防災や災害支援に係る情報共有等を行なっている。本講演では、JLCDAMによる災害支援窓口一本化の取り組みを紹介する。 キーワード:災害支援、窓口、一本化、JLCDAM ●略歴 明治鍼灸大学卒業後、明治鍼灸大学附属病院卒後研修生、東京医科歯科大学大学院修士課程を経て、京都大学大学院医 学研究科社会健康医学系専攻博士後期課程在籍中に、医療経済研究機構リサーチ・レジデント及び協力研究員、先端医療振興財 団科学技術コーディネーター、(公財)未来工学研究所主任研究員等に従事。 現在、日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会(JLCDAM)世話人、(公財)未来工学研究所特別研究員、明治国際医療大学客員教授。_ S7-5 被災地で求められるノンテクニカルスキルとテクニカルスキル 演者:小早川義貴 国立病院機構本部DMAT事務局福島復興支援室  医療安全分野ではノンテクニカルスキルの重要性がいわれている。具体的にはコミュニケーション、チームワーク、リーダーシップ、状況認識、意思決定のプロセスを内包するが、これらは災害時に重要なCSCA-TTTのmedical management(CSCA)とほぼ重複する。すなわち、CSCAを確立することは、被災地での医療安全を提供する基礎的要素となりうる。  同時に被災地ではテクニカルスキルも求められる。例えば避難所で肩こりの住民がいた場合、コミミュケーションが十分に取れ、またチームワークも完璧で、リーダーシップもすばらしく、状況認識も完璧で意思決定も円滑に行える鍼灸師がいたとしても、施術がまったくできなくては、その意味は半減する。被災地では専門家としてのテクニカルスキルも求められ、これはTTTに相当する要素である。被災地で活動する場合、さまざまな問題が発生する。支援者間の摩擦、組織間の摩擦などの問題である。最終的な目標は同じだとしても、個人間の問題では、最前線の要因と本部での要因の共通認識や現状把握の違いから、また組織間の摩擦では、用いる手法や介入時期の違い等から不況和音が鳴ることもある。個人間のトラブルが組織間の問題に変換されたり、現場で解決した問題が数日後により大きな話(=風評・流言)となって、上位本部から煽られることも経験することである。被災地で発生しうる事象を知っておくことは、円滑な被災地活動に有効である。  鍼灸師が被災地で活動するためにさまざまな仕組みがこの10年で整備されてきた。これらによって令和6年能登半島地震では多くの鍼灸師が被災地で活動した。本発表では主に直近の能登半島地震での筆者の経験と鍼灸師との連携事案から、鍼灸師が災害時によりよく活動できるための話題を提供したい。(本発表での鍼灸師とはあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の総称とする) キーワード:鍼灸師、災害医療、ノンテクニカルスキル、CSCATTT ●略歴 2004年 島根医科大学(現・島根大学医学部)卒業 2004年 島根県立中央病院初期臨床研修医 2006年____島根県立中央病院後期臨床研修医(救命救急科) 2009年 島根県立中央病院救命救急科医長 2011年 国立病院機構災害医療センター臨床研究部・DMAT事務局 2014年 福島復興支援室兼務 2020年 組織改組により国立病院機構本部DMAT事務局・福島復興支援室_ ・パネルディスカッション3「未来を変える『評価』の取り方〜学会発表にあと一歩が踏み出せないあなたへ〜」(14:00〜15:20 白橿1) 座長:帝京平成大学ヒューマンケア学部鍼灸学科 脇英彰  東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科松浦悠人 PD3-1 泌尿器科症状に特化した鍼灸院における患者評価の実際 演者:伊藤千展 烏丸いとう鍼灸院 明治東洋医学院専門学校鍼灸学科  安全かつ効果的に鍼灸治療を提供するためには、妥当性・信頼性のある評価尺度を用い、患者の症状やQOLの程度を把握したうえで、臨床判断に繋げていく必要がある。パネルディスカッションのテーマ「評価の取り方」に対して、本口演では下部尿路症状に特化した鍼灸院の視点からその実際について述べる。下部尿路症状とは、排尿に関連する種々の症状を指し、蓄尿症状、排尿症状、排尿後症状に大別される。その中でも、特に尿意切迫感・頻尿・尿失禁といった蓄尿症状を呈する過活動膀胱は、疫学調査によると現在1000万人を超える患者が推定され、鍼灸臨床においても高頻度に遭遇する愁訴の一つとなっている。しかしながら、鍼灸臨床において下部尿路症状を評価する意義については、十分に認識されているとは言えない。頻尿や尿失禁は直接生命を脅かす病態ではないものの、心の問題、睡眠、身体活動、就業など広範囲に及ぶQOL低下が大きな問題となる。また夜間頻尿については将来的な冠動脈疾患やうつ病の発症リスクとなること、さらに国内外のコホート研究からは死亡率を上昇させることも指摘されている。これらの観点から、鍼灸臨床においても下部尿路症状の適切な評価は極めて重要であり、必要に応じ専門医との連携を考慮すべきである。蓄尿症状に対する初期評価は、先ず尿意切迫感,昼間・夜間頻尿,尿失禁について問診を行い、次いで質問票・排尿日誌による評価を行う。妥当性の検証された症状質問票の主要なものとして、下部尿路症状のスクリーニングには主要下部尿路症状スコア(CLSS)、過活動膀胱症状スコア(OABSS)、排尿症状を伴う場合には国際前立腺症状スコア(IPSS)が挙げられ、QOL評価にはキング健康調査票(KHQ)、過活動膀胱質問票(OAB-q)、IPSS-QOLなどが推奨される。本口演では、主に下部尿路症状全般の把握に有用である「排尿日誌」について、症例を供覧しながら解説する。排尿日誌は、患者自身が排尿毎に排尿量を記録するもので,排尿回数、1回排尿量、24時間尿量などを客観的に示すことができる。また頻尿を伴う症例では、多尿との鑑別に有用であり、鍼灸治療の適応について判断する初期評価としても意義が大きいものと考える。今後、本学会での下部尿路症状に関する議論が、共通性のある評価尺度・パラメータに基づいて行われ、鍼灸の新たなエビデンス創出に発展することを期待したい。 キーワード:下部尿路症状、症状質問票、排尿日誌、鍼灸治療 ●略歴 2010年 明治国際医療大学鍼灸学部卒 2012年 明治国際医療大学大学院鍼灸学研究科博士前期課程修了 2009-2020年 中安外科クリニックリハビリテーション科 2012-2014年 泌尿器科上田クリニック 2013-2014年 国際東洋医療鍼灸学院鍼灸学科非常勤講師 2015年 烏丸いとう鍼灸院開院 2021年 明治東洋医学院専門学校鍼灸学科非常勤講師 PD3-2 鍼灸の臨床研究における評価指標の活用について  腰痛治療における実例を切り口として 演者:松田えりか 筑波技術大学保健科学部保健学科 1.はじめに  鍼灸臨床では慢性的な痛みや不調を主訴とする患者と向き合うことが頻繁であり、患者の心理社会的要因を考慮し、長期的な予後や治療方針を検討することが必要である。しかし、心理社会的な事項をどのように取り扱い、どのように評価すべきであろうか?今般は、パネルディスカッションのテーマである「評価のとりかた」の一例として、腰痛を切り口とした評価尺度の利用について紹介する。 2.評価尺度の利点  質問票の設問に患者自らが回答するアウトカムの評価方法はPatient-Reported Outcome(PRO)とよばれ、健康関連QOLや心理社会的なもの等、広範な研究・開発が行われている。質問票と、スコア化の手順の一式は尺度とよばれるが、尺度は信頼性、妥当性および再現性などの検証を経ているため、そのスコアの利用は質の高い研究を指向するために有効である。 3.腰痛における尺度の利用 (1)心理社会的要因と治療効果について  腰痛患者において、心理社会的要因が鍼治療の直後効果と継続治療効果(治療開始から4週間後の効果)に与える影響について検討した。使用した尺度は痛みの破局的思考(PCS)、腰部関連QOL(RDQ)、不安・抑うつ(HADS)、痛みに対する自己効力感(PSEQ)である。治療効果との関係が顕著だったのはPCSで、直後効果と継続治療効果の双方について、有意な関連が認められた。HADS、PSEQ、およびRDQについては、継続治療効果に関して有意な経時変化が認められた。 (2)心理社会的要因を考慮した指標による予後予測についてSTarT Back Screening Tool(以下、SBST)は、腰痛の慢性・難治化リスクを簡便に評価するためのツールで、質問票に心理社会的な設問を包括している。鍼治療を受療した腰痛患者71例における解析では、起点においてSBSTによりhigh risk群に分類された患者では、4週後のVASの値が、medium risk群およびlow risk群の患者よりも有意に高かった。この意味でSBSTによる予後予測の可能性が示唆された。 4.結び  評価の指標となる尺度について紹介したが、尺度のスコアのデータは、種々の統計計算に供することができる。個々の研究において適切な尺度を選択して使用することにより、研究発表につながるような結果の導出が可能となる場合もあると期待される。 キーワード:評価、腰痛、尺度、心理社会的要因、予後予測 ●略歴 2017年 福井県立盲学校高等部理療科卒業 2017年 ロイテ朝霧整骨院鍼灸院 2019年 筑波大学理療科教員養成施設卒業 2021年 筑波技術大学大学院技術科学研究科修士課程修了 2021年 筑波大学大学院人間総合科学学術院障害科学学位プログラム博士後期課程入学 2021年 筑波技術大学保健科学部保健学科客員研究員 2022年 日本学術振興会特別研究員 2024年 筑波技術大学保健科学部保健学科助教 PD3-3 治療成果(アウトカム)の評価 アウトカムの性質に着目して 演者:大川祐世 森ノ宮医療大学医療技術学部鍼灸学科 森ノ宮医療大学鍼灸情報センター  筆者は鍼灸臨床における“評価”を大きく2つのフェーズに分けて考えている。一つは病態の評価である。目の前の患者はどこに異常があり、どういう状態にあるかといったことを評価する。そしてもう一つは治療成果の評価である鍼灸治療を開始した後、患者がどのような経過をたどっていくのかを評価する。このような治療成果のことをアウトカムと呼ぶ。アウトカムを評価するにはその指標が必要となる。つまり、何がどうなったら患者が改善した、あるいは治癒したと言えるのか、その判断基準をあらかじめ考えておく必要がある。そこで意識していただきたいのがアウトカムの性質であり、真の(true)アウトカムと代理(surrogate)アウトカムの二つに分けられる。真のアウトカムとは患者の生命や生活にとって真に重要なものであり、重要性が高い順に死亡、罹患、患者報告アウトカムがある。患者報告アウトカムとは患者自身による主観的評価のことであり、症状や機能の程度、QOL(quality of life)などが含まれる。しかし、真のアウトカム評価にはしばしば長期間に渡る観察が必要となることから、代わりに検査測定値(糖尿病患者におけるHbA1C)や生理学的指標(高血圧患者における血圧)などの比較的変化が起こりやすい指標を治療成果とすることがあり、これを代理アウトカムと呼ぶ。鍼灸の臨床に当てはめてみると、脈の変化、筋緊張の変化、圧痛の変化などがこれにあたると考えられる。代理アウトカムは真のアウトカムとの間に相関をもつものでなければならないが、必ずしも代理アウトカムの改善が真のアウトカムの改善につながるというわけではない。したがって、一般的には真のアウトカムの方が医療の意思決定において優先される。  上述のアウトカムの性質を意識して日々の臨床に臨みたい。できれば治療初期の段階において観察するアウトカムを設定し、それを時系列と共に記録していく。そして振り返って評価をし直し、必要があれば方針を修正する。この繰り返しが自分自身のスキルアップにつながり、また患者にとっての最良を目指すことにもつながると筆者自身も考えている。そしてもしその中から何か新規性が得られるような症例に巡り合うことができれば、症例報告あるいは症例集積として一定のルールに基づき公表したい。そのアクションが自身の未来、患者の未来、そして鍼灸界の未来を変えることにつながると信じている。 キーワード:評価、アウトカム、真のアウトカム、代理アウトカム ●略歴 2014年 森ノ宮医療大学大学院保健医療学研究科修士課程修了修士(保健医療学) 2014年 森ノ宮医療学園専門学校入職 2015年 愛媛県立中央病院漢方内科鍼灸治療室臨時職員 2017年 森ノ宮医療大学入職鍼灸情報センター助教・鍼灸学科助教を経る 2023年 森ノ宮医療大学大学院保健医療学研究科博士後期課程修了博士(医療科学)__ ・報告2「JLOM部、辞書用語部、鍼灸電カル会議/作業部会合同報告会」(14:00〜15:50 萩) 座長:帝京平成大学ヒューマンケア学部鍼灸学科 久島達也  東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科 木村友昭 R2-1 令和5年度の鍼灸を含む 日本の伝統医療を取り巻く国際情勢の概説  鍼灸を医療・文化・知的資源と捉えるために 演者:小野直哉 明治国際医療大学 公財)未来工学研究所 日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会(JLCDAM)  鍼灸を含む日本の伝統医療界は、国際標準化機構(ISO)における鍼灸を含む東アジア地域の伝統医療の国際標準化に対応してきた。世界保健機関(WHO)でも、標準鍼用語集や鍼の基本教育と安全ガイドライン、経穴部位の国際標準、伝統医学に関する国際標準用語等、鍼灸の国際標準化が行われ、日本・中国・韓国の鍼灸を含む伝統医療を盛り込んだ国際疾病分類第11版(ICD-11)が採択されている。但しISOやWHOは、日本の伝統医療を取り巻く国際情勢の氷山の一角である。  国連教育科学文化機関(UNESCO)での伝統医療の古典医学書(韓国の「東医宝鑑」、中国の「黄帝内経」と「本草綱目」)の世界記憶遺産への登録や伝統医療(中国の「中医鍼灸」と「蔵医学ルム薬湯」)の無形文化遺産への登録、生物多様性条約(CBD)での伝統医療に関する遺伝資源や伝統的知識へのアクセスと利益配分の議論、世界知的所有権機関(WIPO)での伝統医療に関する伝統的知識(遺伝資源関連も含む)の議論、さらに世界貿易機関(WTO/TRIPS)、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)、国連食糧農業機関(FAO)等の国際機関や条約においても伝統医療に関する議論が同時多発的に展開されている。また、今後のCPTPPの動向次第では、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)においても同様の議論が行われる可能性は否めない。伝統医療に関する遺伝資源や伝統的知識に係る事柄は、産業・医療・文化・環境・知的財産・貿易・農業等の多岐に亘る国際機関や条約で、同時多発的に、個別且つ専門的に議論されており、各国の駆け引きや攻防が随所で展開されている。  一方、中国や韓国、ベトナム、インド等、「自国の伝統医療は自国の資源(医療資源・文化資源・知的資源)」と明確に捉えている国々では、自国の伝統医療を取り巻く国際情勢への対策を取りながら、自国の伝統医療を自国の国民の福祉と利益に積極的に利活用し、自国の国益に貢献している。  日本の伝統医療界は、否応なしに、多岐に亘る国際機関や条約での伝統医療に関する遺伝資源や伝統的知識の議論を包括的且つ有機的に捉え、俯瞰的な視点で、個々の国際機関や条約での日本の伝統医療に関わる問題解決に当らなければならない。本講演では、日本の鍼灸を医療・文化・知的資源として捉えるために、令和5年度の日本の伝統医療を取り巻く国際情勢を概説し、日本の鍼灸関係者との情報共有を図る。 キーワード:伝統医療、伝統的知識、知的財産、国際機関、国際条約 ●略歴 明治鍼灸大学卒業後、明治鍼灸大学附属病院卒後研修生、東京医科歯科大学大学院修士課程を経て、京都大学大学院医 学研究科社会健康医学系専攻博士後期課程在籍中に、医療経済研究機構リサーチ・レジデント及び協力研究員、先端医療振興財 団科学技術コーディネーター、(公財)未来工学研究所主任研究員等に従事。 現在、明治国際医療大学客員教授、(公財)未来工学研究所特別研究員、日本災害鍼灸マッサージ連絡協議会(JLCDAM)世話人。 R2-2 ISO/TC249の現状と対応 演者:新原寿志1)、木村友昭2)、森田智3) 1)常葉大学健康プロデュース学部健康鍼灸学科 2)東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科 3)千葉大学医学部附属東洋医学センター墨田漢方研究所 本報告会では、ISO/TC249(国際標準化機構/伝統中医学)の現状とその対応について報告する。 1.ISO/TC249 WG3(鍼の品質と安全使用)に関わる国際規格(IS)の動向について報告する(担当:新原寿志)。昨年、2023年6月のWG3会議では、「滅菌済み単回使用鍼刀」が再提案され、修正後、新業務項目提案(NP)投票へ進むこと、新規提案の「単回使用糸埋没鍼Part2 医療用吸収性縫合糸」は、発行済みの「単回使用糸埋没鍼(ISO 22236: 2020)」に組み込まれ再開発されることが合意された。「滅菌済み単回使用三稜鍼(ISO/CD 6559)」は、昨年7月に国際規格案(DIS)投票を通過した。ISの「滅菌済み単回使用毫鍼(ISO 17218: 2014)」と「電気刺激のための単回使用毫鍼の検査法(ISO 20487:2019)」は本年4月から定期見直し期間(SR)に入る。 2.ISO/TC249 WG4(鍼以外のTCM領域医療機器の品質と安全性)に関わる国際標準化の動向について報告する(担当:木村友昭)。「貼付型永久磁石磁気治療器(ISO 22587: 2023)」は2023年6月27日にISとして正式に発行された。同年12月の第24回WG4会議では、「艾の品質に関する試験方法(ISO/CD TS6818)」の進捗が報告され、一部コンセンサスが得られていない点について再検討の上で発行段階に進捗させることとなった。また、「舌診解析システムパート3:カラーチャート(ISO/TS 20498-3: 2020)」と「皮膚電気抵抗測定器(ISO 20495: 2018)」はSRに関する報告がなされ、特に変更なく更新されることとなった。 3.ISO/TC249 WG5/JWG1 (Scope:用語と情報科学)の鍼灸に関わる国際規格(IS)の動向を報告する (担当:森田智)。昨年10月のWG5会議では、「機器の語彙パート1:灸機器」が、修正後、技術仕様書(TS)を目標にNP投票に進むことが合意された。また、昨年6月のJWG1会議では、「診断情報のコーディング規約パート1:舌とパート2:脈」が、修正後、TSを目標にNP投票へ進むことで合意された。昨年11月のJWG1会議では、SRの「鍼を表現するための範疇構造規格パート1: 穴(ISO/TS 16843-1: 2016)とパート2:鍼法(ISO/TS 16843-2: 2015)」が議題に上り、ISを目標にDIS登録され改訂されることとなった。「推拿を表現するための範疇構造規格」はTSを目標にNP投票へ進むことで合意されたが、「鍼治療を表現するための範疇構造規格」は予備業務項目(PWI)として保留となった。 キーワード:国際規格(IS)、ISO/TC249 ●略歴 ■新原寿志 【現職】常葉大学健康プロデュース学部教授 【委員歴】(公社)全日本鍼灸学会臨床情報部副部長(安全性委員会委員)、JLOM部部員、 日本東洋医学サミット会議(JLOM)ISO/TC249推進会議委員(WG3主査) (一社)日本東洋医学会JLOM委員会(外部委員) 【略歴】1999年 明治鍼灸大学大学院博士後期課程修了(博士/鍼灸学) 1999年 明治鍼灸大学鍼灸学部助手 2010年 明治国際医療大学(旧明治鍼灸大学)鍼灸学部講師 2015年 明治国際医療大学鍼灸学部准教授 2017年 現職 ■ 木村友昭 【現職】東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科准教授 東京有明医療大学大学院保健医療学研究科准教授 【委員歴】(公社)全日本鍼灸学会JLOM部副部長、編集部員 日本東洋医学サミット会議(JLOM)ISO/TC249推進会議委員(WG4主査) (一社)日本東洋医学会JLOM委員会(外部委員) 【略歴】1994年 明治鍼灸大学大学院修士課程修了(修士/鍼灸学) 1994年 筑波技術短期大学鍼灸学科助手 2004年 博士/医学(昭和大学) 2007年 国立大学法人筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻助教 2009年 現職 ■ 森田智 【現職】千葉大学医学部附属東洋医学センター墨田漢方研究所客員研究員 【委員歴】(公社)全日本鍼灸学会安全性委員会委員、日本東洋医学会渉外委員会国際担当委員 日本東洋医学サミット会議(JLOM)委員会2・3委員、国内対策委員会委員 【略歴】2018年3 月千葉大学大学院医学研究院博士後期課程修了(博士/医学) 2018年4月 千葉大学医学部附属病院鍼灸外来主任 2023年4月現 職 2024年 1月名古屋市立大学客員研究員 R2-3 WHO-FIC年次総会TMRG(伝統医学関連グループ)報告 演者:田口太郎 九州看護福祉大学看護福祉学部鍼灸スポーツ学科  「WHO-FICとは何か?」と問われて端的に回答できる方は少ないと想像する。WHO-FICの概念は、少なくとも過去3回大きく変更されているが、現在のWHOの説明では“The WHO-FIC is a set of integrated classification products that share similar features and can be used individually or jointly to provide information on different aspects of health and health systems.”となっている。演者の意訳は「各国の医療や健康管理に関する様々な情報(診断、機能障害、治療法、保険サービス等)のコード化を目的とした枠組みを提供するための国際的な仕組み」である。ここで言うコード化とは、要は医療情報のグローバル化を目指すものであり、したがってISOとも非常に親和性が高く、実際にWHO-FICの国際会議ではISO/TC249のエキスパートも散見される。本報告会では、昨年10月にドイツのボンで開催されたWHO-FIC年次総会におけるTMRG(Traditional Medicine Reference Group:伝統医学関連グループ)での各国の動向を共有させていただくが、大前提としてWHO-FICは医療情報のグローバル化のための仕組みであることを念頭に置いていただきたい。  さて、上記の年次会議の大部分はTM1(Traditional Medicine Conditions Module 1:漢方・鍼灸のモジュール)、TM2(アーユルベーダ・シッダ・ユナニのモジュール)、ICHIについて時間が割かれており、これらを中心に報告する。以下に抜粋を示しておく。中国)1995年からICDをカバーした国内製コーディングを導入、2021年にはTM1をカバーしたバージョンで運用、2023年からは治療法についてもコーディングを開始。韓国)1952年から国内製コーディングを導入、ICD-11のカバーは2026年から運用予定。米国)伝統医学系大学評議会や米鍼灸師協会を教育してTM1をクリニックレベルで拡散する準備中。インド)国内製コーディングにTM2をカバーしたバージョンを2024年リリース予定。 キーワード:WHO-FIC、ICD-11、ICHI ●略歴 2004年 明治鍼灸大学大学院修士課程修了(修士/鍼灸学) 2004年 鹿児島鍼灸専門学校鍼灸科専任教員 2007年 福岡柔道整復専門学校鍼灸科専任教員 2010年 九州看護福祉大学鍼灸スポーツ学科専任講師 2014年 同准教授 【委員歴】全日本鍼灸学会安全性委員会委員、JLOM部部員、日本東洋医学サミット会議ISO/TC249委員会2委員長 WHO CC協力ネットワーク運営会議臨時構成員、日本東洋医学会用語及び病名分類委員会委員 R2-4 全日本鍼灸学会辞書用語部における活動について 鍼灸学用語集のWeb掲載に向けて 演者:和辻直 全日本鍼灸学会辞書用語部伝統医学班 全日本鍼灸学会辞書用語部現代医学班 全日本鍼灸学会辞書用語部部長 1.辞書用語部についての概要学術用語の整理は教育や研究、臨床の基盤となることから、その領域の学術の進歩や正しい普及において極めて重要な手段であるとされている。日本の鍼灸に関する用語の整理は以前から必要とされてきたが、学会レベルで十分に検討されておらず、今日に至っている。近年では世界保健機関西太平洋地域事務局(WHO/WPRO)で2007年に東アジア伝統医学の国際標準用語を作成した。世界保健機関(WHO)や国際標準化機構(ISO)で伝統医学の標準化が盛んとなっており、WHOのWebサイトには2022年3月にWHO international standard terminologies on traditional Chinese medicineが掲載され、ISO/TC249やTC215では伝統医学用語の標準化など求められている。このため、鍼灸用語の整理は日本の鍼灸分野において重要な課題となっている。当会辞書用語部は2018年から委員会の活動から始まり、鍼灸に関連する伝統医学と現代医学の用語に対応するため、伝統医学班と現代医学班を編成し、日本鍼灸の用語を整理し鍼灸学用語集の作成を進めている。また伝統医学の用語は、現代医学の用語とは異なり、用語の意味に諸説があって整理が必要とされている。このため伝統医学の用語に関して、基本的用語を選定して定義を作成している。 2.用語集について 辞書用語部では、日本の教育、研究、臨床、行政などの場で、はりきゅうに係る者が、論文や教科書の執筆、診療記録の記載、行政文書の作成などで活用する必要な鍼灸学用語を選定することにした。用語は鍼灸師養成施設で用いる教科書や『はり師きゅう師国家試験出題基準』の索引用語を中心に、伝統医学的用語の約3,500語と現代医学的用語の約10,000語を抽出し、必要な用語として伝統医学的用語1,754語、現代医学的用語6897語に整理した。2023年度からは公開に向けた用語の精査、鍼灸用語に対する英訳は複数の用語辞書を用いて作成中で、用語集に付加する予定である。 3.今後の活動について 用語集を本学会のWebサイトに『全日本鍼灸学会鍼灸学用語集』として2023年に掲載予定であったが、用語検索などを改良が必要であったため、次年度の掲載になった。今後の活動は鍼灸学用語集を本学会Webサイトに掲載後、用語集への意見公募を行い、更新する予定である。 キーワード:辞書用語部、鍼灸用語、伝統医学、現代医学、鍼灸学用語集 ●略歴 現職 明治国際医療大学鍼灸学部教授、明治国際医療大学大学院教授 1987年 明治鍼灸大学鍼灸学部卒業 1991年 明治鍼灸教員養成施設卒業 2004年 博士(鍼灸学)取得 2015年 明治国際医療大学教授 R2-5 鍼灸電子カルテの標準参照仕様の現状について 演者:山下幸司 鈴鹿医療科学大学医用工学部医療健康データサイエンス学科  WHO国際統計分類(WHO-FIC)のうち、2022年2月発効したWHO国際疾病分類第11版(ICD-11)に初めて伝統医学が入り、伝統医学の疫学的実態把握が世界的に期待されている。このような背景の中で鍼灸電子カルテの策定を目的に鍼灸関連6団体において「鍼灸電子カルテ標準参照仕様の策定に関する会議」および作業部会が組織され、2023年度の全日本鍼灸学会学術大会神戸大会において中間報告を行った。今回では、「鍼灸電子カルテ標準参照仕様の策定に関する会議」についての活動のうち2023年10月から現在までの報告を行う。  標準参照仕様を検討していくうえで、データ化していくときに何をみたいのか、何を集計したいのか?絶対に取りたいデータは何か?を検討をした。特にデータとしては、1. 症状:ICPC-2、2. 伝統医学病名・証:ICD-11伝統医学章、3. 介入の部位、道具、方法(手技)などが必要である。  さらに鍼灸電子カルテを利用する際のメリットについて検討を行った。利用者側にデータをフィードバックできる仕組みや日々の業務などがスムーズに行えるようになることが必要だと考えられる。具体的には 1. 紹介状を書くときにスムーズにかけるようなもの、2. 患者説明ツール(患者に治療の効果を見える化できるようなもの)、3. 同意書を書いてもらうための施術報告書が簡単に書くことができるような仕組み、4. 医療との連携(他職種との情報共有)ができるようなもの、5. 病名を集計することで、どのような疾患を得意としているかを患者に提示することができるものなどの機能をもつことが必要である。 今後、全国の鍼灸カルテの実態調査を行っている作業部会と連携をしながら、鍼灸電子カルテ標準参照仕様についてまとめていく予定である。また、デジタル庁参事官、厚生労働省が検討を行っている標準型電子カルテについても注視しながら取り組んでいく必要がある。 キーワード:電子カルテ、ICD-11、標準参照仕様、医療DX、データヘルス ●略歴 2002年 鈴鹿医療科学大学医用工学部医用情報工学科助手 2006年 鈴鹿医療科学大学医用工学部医用情報工学科講師 2010年 鈴鹿医療科学大学医用工学部医用情報工学科准教授 2022年 鈴鹿医療科学大学医用工学部医療健康データサイエンス学科准教授 R2-6 鍼灸電子カルテ標準参照仕様の策定を目的とした実態調査第2報 −全国92施設のカルテ状況の把握と検討− 演者:村橋昌樹1)、中川紀寛1,3)、荒木善行1,2,4)、清水洋二1,2,3,4)、橋本隆1,5)、福島正也1,2,6)、藤田洋輔1,2,7)、村瀬智一1,2)、茂木麻美1,5)、山下幸司1,2) 1)鍼灸電子カルテ参照仕様の策定に関する会議作業部会 2)公益社団法人全日本鍼灸学会 3)公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会 4)公益社団法人日本鍼灸師会 5)一般社団法人日本伝統鍼灸学会 6)鍼灸系大学協議会 7)公益社団法人東洋療法学校協会 【背景・目的】2022年1月に国際疾病分類第11版(ICD-11)への伝統医学章収載に伴い、本邦においては伝統医学章の活用および活用データの収集が必要となった。これらの膨大なデータを収集するためには鍼灸業界で統一したデータ集積システムが必須であることから、鍼灸電子カルテの策定を目的に鍼灸関連6団体において「鍼灸電子カルテ参照仕様の策定に関する会議」および作業部会が組織された。2022年8月から本作業部会の活動が開始され、2023年度の全日本鍼灸学会学術大会神戸大会において鍼灸電子カルテ標準参照仕様の策定を目的とした実態調査の中間報告を行った。中間報告では全92施設(鍼灸院が58施設、専門学校が14施設、鍼灸系大学と大学病院がそれぞれ10施設)から収集されたのべ177の帳票から抽出した6,521のカルテ項目名とそのSOAP分類についての分析を報告した。第1報では東洋医学的な項目を含む多岐に渡る表現や項目があり、通常の医療用カルテでは使用しない稀な項目も含まれ、その分析については今後の課題と報告した。 【対象・方法】本報告では帳票種類がカルテに該当する91帳票から抽出した3080の項目データを対象に9人の電子カルテ作業部会員内で同一項目か否かのコンセンサスをとり、重複項目を評価した上でカルテ項目の整理および出現頻度の分析を行った。なお、項目分類はSOAPおよび患者基本情報等に分類した。 【結果・考察】今回、出現頻度の上位に現れた項目は鍼灸電子カルテ標準参照仕様の策定に必須な因子となることが考えられる一方で、項目出現頻度の低い項目においても我が国における多様な流派および団体にとっては必須な項目も存在すると考えられることから、鍼灸電子カルテへの項目の組み入れについては慎重な検討が必要と考える。 【結語】全92施設、3080のカルテ項目の重複整理を行い、項目出現頻度の調査を行った。今後は高出現頻 度の項目を中心に鍼灸電子カルテの策定に向けて詳細な検討が必要となる。 キーワード:鍼灸、電子カルテ、カルテ項目、実態調査 ●略歴 2014年 東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科卒業 2021年 自治医科大学大学院医学研究科緩和医療学専攻修士課程修了 2014年 素問堂鍼灸室入社 2016年 福島県立医科大学会津医療センター漢方医学講座入職 2019年 福島県立医科大学会津医療センター漢方医学講座退職 2021年  埼玉医科大学東洋医学科非常勤職員入職 2023年埼玉医科大学東洋医学科常勤職員 ・実技セミナー6「アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療」(14:00〜14:50 白橿2) 実技セミナー6 座長:明治国際医療大学鍼灸学部 廣正基 PS-6 アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療 演者:江川雅人 新潟医療福祉大学リハビリテーション学部鍼灸健康学科 アレルギー性炎症、皮膚バリア機能低下、嗜癖的掻破行動など多面的な病態を形成しているアトピー性皮膚炎(Atopic dermatitis: AD)は、ステロイド外用薬を中心とした薬物療法、スキンケア、悪化因子の検索と対策、を治療の方法としている(治療ガイドライン2021)。しかし、本疾患においては、体質を基にして病状は慢性化し、長期に亘る治療を必要とするために、ステロイド剤の使用を極力減らしたいという患者や、治療に抵抗を示す患者が鍼灸治療を求めることも多い。本セミナーでは複雑な病態を有するADの病態や症状を改めて理解し、鍼灸臨床については簡潔に治療に導入できる臨床能力を養う目的で行う。 ADの中医学的な弁証分類〔治則〕は、風熱証〔清熱涼血〕、風湿証〔去風化湿〕、風寒証〔去風散寒〕、気血両虚証〔気血双補〕を一時的な分類とし、治則に従った施術を行う。また、治痒穴、曲池穴、豊隆穴、足三里穴は特効穴と考えられるが、各々病態に合わせた刺激方法(刺鍼方法や灸療法の選択)の工夫が必要である。セミナーでは二次的な分類を含めた弁証分類と共に、代表的な経穴への実際的な取穴や刺激の方法について実演したい。同時に、病状と治療効果を的確に評価するために、鍼灸臨床において有用な掻痒感、皮疹、QOLの評価方法、東洋医学的な視点からのセルフケア方法を紹介する。 演者らのデータ集積では、鍼灸治療により概ね8割の患者で掻痒感や皮疹の軽減を認めた。また掻痒感や皮疹の軽減した症例においては、血中IgE値や好酸球数、サイトカイン(IL-31)値の低下も示され、アレルギー疾患としての改善も示唆された。特にアトピー体質(IgE RIST>400IU/ml)を有する患者への鍼灸治療では、Th1/Th2リンパ球バランスの改善が示された。この結果は、鍼灸治療によるAD患者の生体の歪みの是正が、自律神経機能の平衡状態につながったものと推察され東洋医学としての鍼灸治療の有益性を示すものである。安全・安心な鍼灸治療が「つながり、通じ、いかす鍼灸」として現代医学において多様な連携を可能にする考えに通じるものであると感じている。 キーワード:アトピー性皮膚炎、鍼灸、アレルギー、弁証、リンパ球 ●略歴 1987年 明治鍼灸大学卒業 1990年 明治鍼灸大学附属病院研修鍼灸師修了 1990年 明治鍼灸大学東洋医学教室入局 2004年 博士号(鍼灸学)取得「アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療の臨床的効果」 2011年 明治国際医療大学教授・同大学院教授兼任 2019年 明治国際医療大学きららの湯若狭鍼灸院院長 2022年 新潟医療福祉大学教授(現在に至る) 15時〜16時 ・教育講演8「鍼灸師が知っておくべき漢方診察と漢方薬」(15:00〜15:50 メインホール) 教育講演8 座長:埼玉医科大学東洋医学科 山口智 EL8 鍼灸師が知っておくべき漢方診療と漢方薬 有田龍太郎 東北大学病院総合地域医療教育支援部・漢方内科 漢方は中国伝統医学を基礎としており、元来は鍼灸も漢方薬も同じように治療が行われていました。伝統医学的な考え方で診療する場合は、望聞問切の四診を行います。特に腹診は日本漢方独特の診察法です。診察の結果から、陰陽、虚実、寒熱、表裏、気血水、六病位、五臓などを基本として証を把握し治療法を考えています。…という漢方診療をしているのは、実は一部の漢方の専門家に限られてきています。年々漢方薬の市場規模は増加傾向にあり、全ての医師の9割は漢方薬を処方した経験があるとされ、実際に外来患者の13.5%(7.5人に1人)には漢方薬が処方されています。それほど、漢方薬は日常ありふれた薬となっています。ただし、漢方薬を処方する医師全員が漢方の系統的学習をしているわけではないのです。 漢方に精通した先生もいれば、エビデンスを元に処方する先生、保険病名だけを見て処方する先生もいるのが実情です。薬局で販売される漢方薬は、患者さん自身が選んでいる場合もあります。患者さんの中には、漢方薬は自然由来で安全と思っている方も少なくありません。もちろんショウガやシナモンなど、食物と共通するものもありますが、漢方薬にも副作用があります。医療用漢方薬の7割以上に含まれる甘草という生薬は、高血圧や頭痛、低カリウム血症を起こす偽アルドステロン症という副作用の原因となり得ます。特に高齢者で起こりやすいため、漢方薬を常用している方でこうした症状が出ている場合は、注意が必要です。一方、鍼灸診療と漢方薬を組み合わせるメリットもあります。患者さんのお薬手帳を見せてもらうと、処方されている漢方薬が分かります。そこからある程度、患者さんの状態も分かる場合があります。例えば、八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)は高齢者の筋力低下や下半身の痛み、泌尿器症状に用います。漢方医学的には腎虚の治療薬であり、経穴でいえば太谿の補法的な治療に相当するかと思います。鍼灸の診療で、漢方薬と同じ方向の治療をするのか、漢方薬が治療していない病態を治療するのか考えたり、医師と連携したりするのも診療の幅が広がることがあります。漢方診療の特徴や実情をお話しいたします。現地開催ですので、その場でご質問頂けましたら嬉しく思います。 キーワード:漢方薬、伝統医学 ●略歴 2007年 慶應義塾大学医学部卒 2009年 慶應義塾大学卒医学部漢方医学センターにて漢方研修 2021年 東北大学大学院医学系研究科博士課程卒 2023年 東北大学病院総合地域医療教育支援部・漢方内科助教 【助教資格】 日本東洋医学会漢方専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医、日本プライマリ・ケア連合学会認定医 日本漢方生薬ソムリエ協会生薬ソムリエ(中級) ・実技セミナー7「YNSA」(15:00〜15:50 白橿2) 実技セミナー7 座長:東北大学大学院医学系研究科地域総合診療医育成寄附講座 石井祐三 演者:神谷哲治 東北大学病院総合地域医療教育支援部・漢方内科 広胖堂はりきゅう治療院MATAHARI 清水内科外科医院  はじめに、Yamamoto New Scalp Acupuncture(YNSA)は1973年に山元敏勝医師によって考案された頭鍼療法である。1975年にスウェーデンのストックホルムで行われた鍼灸学会で、初めて西欧で発表されたのをきっかけに世界中に広まった。現在では主に疼痛・麻痺疾患のコントロールに用いられる世界的にも非常に有名な治療法である。YNSAは所謂経絡・経穴を用いた治療法ではなく、阿是穴やトリガーポイントなどとも異なる。山元医師が独自に開発した診断方法と治療点を用いた治療法である。診断方法には合谷診、首診、上腕診、腹診等があり、治療点は主に運動器疾患に用いられる基本点、感覚器疾患に用いられる感覚点、脳神経疾患や慢性疾患に用いられる脳点、内臓疾患に用いられるY点など、基本となる治療点は40個と多くはない。治療は大きく基礎治療部分と応用治療部分の2つに分けることが出来る。基礎治療は合谷診、上腕診、首診といった診断点の反応に則って治療点を決めていく方法を用いる。応用治療は症状ごとに対応する治療点を選択する。治療の主な流れは先ず合谷診を行い左右の圧痛硬結の差を診て圧痛硬結の強い方を治療側と決めて治療していく。刺鍼部位は上腕診・首診により反応のあった部位に対応する治療点を頭から選んで刺鍼していく、ここまでを基礎治療とする。基礎治療だけでも症状が改善することも多いが、症状に変化が見られなかった場合はさらに応用治療として症状に対応する治療点を選んで刺鍼していく。このように治療法がシステム化されており、難しい理論や経験を必要としないために初学者でも学習後すぐに実践できる。YNSAの最大の特徴は触診を用いた診断ツールと即効性にある。診断ツールを用いることで正確な取穴と確実な効果が容易に習得でき、即効性も期待できる。YNSAではそのほとんどを頭皮に刺鍼するため手足が自由に動かせる。疼痛や麻痺などにより動作制限が有る場合にその動作を確認しながら刺鍼することができる、また徒手や運動療法、その他の鍼灸治療と組み合わせる事も可能である。今回の鍼灸実技セミナーではYNSAにおける基礎治療をメインに紹介したい。 キーワード:YNSA、頭皮鍼 ●略歴 2003年 上海中医薬大学鍼灸推拿学科卒業 2007年 東京衛生学園専門学校東洋医療はりきゅう科卒業 2007年 東北大学大学院医学系研究科先進漢方治療医学講座 2014年 広胖堂はりきゅう治療院MATAHARI 開設 2019年 東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座__ 16時〜17時 ・実技セミナー8「操体法と鍼灸」(16:00〜16:50 白橿2) 座長:新潟医療福祉大学リハビリテーション学部鍼灸健康学科 金子聡一郎 PS-8 操体法と鍼灸 演者:小泉直照 はり処鍼 東北大学病院総合地域医療教育支援部・漢方内科  はじめに、操体法(そうたいほう)は、仙台の医師橋本敬三(1897-1993)が提唱した健康法・治療法である。「生体の歪みを正す橋本敬三論想集」によると、橋本は、東北帝大医学部・藤田俊彦教授のもとで生理学を専攻する生理学者だった。その後、函館の民間病院に移り外科を担当したが、臨床経験に乏しく、臨床効果が出ず悩んでいた。そこで、これまでの西洋医学以外に日本に伝えられていた民間療法(正体術・骨格矯正療法など)や武道、東洋的養生法、東洋医学(指圧・整骨・鍼灸・按摩・灸)やマッサージなどに着目、研究し、その結果1936年に操体法が誕生した。操体法において、健康とは、「個体の生命エネルギー収支のバランスがとれていて環境に適応する状態」を指す。そして、健康の状態を維持するために、自己責任として行わなければならない4つの因子として、呼吸(息)・飲食(食)・運動(動)・精神活動(想)をあげ、そこに環境(環)が加わった5つの因子のバランスが重要であるとしている。自己責任としての4つの因子について簡単に紹介する。 呼吸(息):腹式呼吸を推奨。特に就寝前に毎晩腹式呼吸(1分間に2〜3回程度の速度)を10回程度することを推奨している。 ・飲食(食):犬歯や臼歯など歯の種類と数に注目し、これに比例させるように食物の種類と量を採ることを推奨。歯の種類や数から考えると植物食が主となる食事内容を推奨している。 ・運動(動):運動の根本は身体の中心に重心を安定させることであるとし、そのために上肢は手の小指側に、下肢では足の親指側に、力を入れて運動することを推奨している。 ・精神活動(想):精神活動の基本は感謝の心としており、天地の恵みと親や人々の愛情に支えられて生きていることを自覚し、感謝の心を持つことの重要性を説いている。  以上の4つの因子および環境を整えるのが、操体法の健康法としての側面である。一方で、橋本は臨床医として患者に操体法を行っていた。飲食や精神活動については必要に応じて患者に指導し、呼吸と運動を用いた方法で運動器系の「歪み」を是正していた。また、橋本は鍼灸にも精通しており、操体法と鍼灸を組み合わせて、患者の治療を行っていた。本鍼灸実技セミナーでは、操体法の健康法・治療法両面の紹介および、鍼灸臨床において操体法をいかに組み合わせていくか、実技を交えて紹介したい。 キーワード:操体法、鍼灸 ●略歴 2006年 赤門鍼灸柔整専門学校柔道整復科卒業 2006年 医療法人橋本クリニック・温古堂入職 2011年 赤門鍼灸柔整専門学校鍼灸指圧科卒業 2013年 赤門鍼灸柔整専門学校教育専攻科卒業 2013年 医療法人橋本クリニック・温古堂退職 2017年 鍼灸院はり処愈鍼(ゆしん) 開設 2021年 東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座__ ・市民公開講座「お家で薬膳心も身体も健やかに(16:00〜16:50 メインホール) 座長:東北大学病院総合地域医療教育支援部(総合診療科、漢方内科)  高山真 演者:横須賀まな美 本草薬膳学院仙台教室講師 「幸せな人生は食べ物で実現できる」  20数年前に薬膳という言葉を知り中医薬膳学を一から学び始めた。中国古代哲学、陰陽五行や整体観念が根底にあり、調和を重んずる。食物は身体と心を左右する、食べることで体や心の乱れ(不調)を常に調和させられる。仙薬を手に入れたように思った。 2.「人間はその人が食べたものである」 食べたものが人を作る、よく聞く言葉。食べ物の影響がいかに大きいか。食材の持つ性質を知ると、目の前の人が何を好んで食べてきたかわかることがある。余計なおせっかいを言いたくなる。 3.薬膳は「食べたらどうなるのか」という経験医学。 この植物は食べられるのか、食べられないのか、食べてみなければわからない、その結果元気になった、あるいは食べたら毒だったと、長い歴史の中で繰り返した結果が食薬学として確立された。命拾いして幸せに生きられた人、不幸にも亡くなった人のおかげで、植物の性質が知れて、薬や食べ物になっていった。 4.「食べ物にはすべて性質がある」 現代栄養学ではカロリー・ビタミン・ミネラルで評価、薬膳は食物の持つ働きや作用を重視。体を温めか冷ますか、興奮させるか落ち着かせるか、どの臓腑に向かうかといった性質。性味・昇降浮沈・帰経。特別な食材だけでなく、身近な野菜や果物にももちろんある。 5.薬膳は調和が大事 食材の持つ性質を知ることは大前提だが、もう一つ重要なことがある。食べる人の状態(年齢や性別はじめ、暑がりか寒がりか、鬱々か、高揚状態か…などなどなど)。今の気候や湿度、環境も考慮。陽を補って温める、熱を除いて冷やすなど。バランスを整え調和させるには、食材と人と、両方の情報が不可欠。 6.食材選びの質問 1:暑がり・冷え性2:疲れやすい・食が細い3:物忘れ・めまい・立ちくらみ・動悸4:ため息・不安や憂うつ5:シミ・そばかす・肩こり・頭痛6:のぼせ・ほてり・寝汗7:むくみ・痰がからむ 7.幸せな人生の作り方 薬膳の資格を取得した後、鍼灸を学び始めました。私が紹介する薬膳料理は「お家薬膳」です。中薬をほとんど使わず身近な食材で料理するので、穏やかに作用するものです。平穏に暮らすのが目的です。ただ現在の苦痛に対処するためには、ピンポイント&即効で痛みを消す手段も必要。薬膳と鍼灸を合わせれば幸せな人生が作れると思いませんか。 キーワード:おうち薬膳 ●略歴 1981年 茨城キリスト教短期大学英語科卒業 2006年 国際薬膳師 2007年 国際中医師 2011年 はり師灸師