宮城大会 5月26日(日)午前 1)スケジュール 9時〜10時 ・基調講演「東北の意味と意義」(9:00〜9:50 メインホール) ・特別提言「鍼灸教育・コア・カリキュラム〜鍼灸学系大学協議会からの発信」(9:00〜10:20 萩) ・パネルディスカッション1「ここぞ鍼灸の出番〜ダブルライセンス鍼灸師の視点から〜」(9:00〜10:50 橘) ・パネルディスカッション2「医師・鍼灸師連携について 今後の医療を見据えて」(9:00〜10:20 白橿1) ・実技セミナー5「男性不妊に対する鍼灸治療」(9:00〜9:50 白橿2) 10時〜11時 ・特別講演3「慢性疼痛診察ガイドライン〜最新研究を踏まえた痛みの治療up to date」(10:00〜10:50 メインホール) ・シンポジウム5「経穴委員会主催『教育・臨床・研究の視点からの経穴詳解』」(10:30〜11:50 萩) ・シンポジウム6「教育研修部主催『東洋医学教育の多様性』」(10:30〜11:50 白橿1) 11時〜12時 ・大会会頭講演「鍼灸でつながる診察、教育、研究」(11:00〜11:50 メインホール) ・教育講演9「鍼灸師が知っとくとよいエコーの診方」(11:00〜11:50 橘) 2)各抄録 9時〜10時 ・基調講演「東北の意味と意義」(9:00〜9:50 メインホール) 座長:仙台赤門医療専門学校 浦山久嗣 演者:浦山きか 東北大学学術資源研究公開センター史料館 【問題の所在と方法】所与の「東北に関して考察する」というテーマに対し、中国の思想書を対象に「東北」という言葉の意味を探るとともに、日本医学史における「東北(地方)」の意義について、その内容と位置づけを考える。 【結果】 1.中国思想における「東北」の意味 「東北」は、「日の出づる処」であった。夏至の日の出が北よりであることから、『淮南子』天文訓に「(日)夏至出東北維」といい、『論衡』説日に「案夏日長之時、日出東北」という。また『史記』封禅書に「東北」を「神明之舎」と言い換える。これを陰陽で表現すれば、『春秋繁露』陽尊陰卑に「故陽気出於東北」といい、『礼記』郷飲酒義に「天地温厚之気、始於東北」と位置づけられた。時間と空間を十二支によって表現する場合は、「東北」は「丑寅」の間にあり、八卦で示せば「艮」に当たる(『周易』説卦・正義)。時間においては一日の始まりを示すとともに、季冬から孟春へと移る一年の始まりに当たるため、循環の境目を意味した。この境目が疫鬼等が出現するところと考えられ、またそれらを祓い封じるために、東北は「鬼門」とされたものらしく、漢代以降広く行われた。 2.日本医学史における「東北」の意義 伊達藩においては、伊達政宗は、医学に造詣が深く、自身も脈診を行い、藩医に処方を求める書状を送っていた。米沢上杉藩(現在の山形県)や伊達藩の支藩である一関藩(岩手県)においては救荒書が編纂された。近年は米沢上杉藩の藩医である堀内家についての研究が進められた。日本が西洋医学と文化を受容する過程において、「東北地方」の果たした役割は大きく、一関藩の建部家と大槻家は特筆すべきである。 『解体新書』の挿図を描いた小田野直武は角館(秋田県)の出身であり、シーボルトに学んだ高野長英も水沢藩(岩手県)の出身である。 「構成伸編」(「整形さんかなめ」)は、大槻玄沢がフランス人・暑メールの表したオランダ語訳「日用百貨辞典』の幕府に命じられ翻訳し、刊行されなかったが、写本が宮城県図書館伊達文庫に保存されている。 【考察】日の出の位置という自然現象を踏まえ、「東北」は「日(陽気)の出づる処」と考えられていた。 十二支による表現の中で「鬼門」が現れ、定着していった。また、日本が西洋医学と文化を受容する過程において、東北地方の果たした役割と後世への影響は大きかった。 【利益相反】利益相反に該当する内容は含まれない。 キーワード:東北、日本医学史、中国思想 ●略歴 2014年より東北医科薬科大学非常勤講師 2014年より森ノ宮医療大学客員教授 2018年より東北大学史料館協力研究員 学位:博士(文学、東北大学) 専門分野:医学史研究テーマ:東アジアの伝統医学 主著:『漢文で読む『霊枢』』(森ノ宮医療大学出版部、2006年、第21回間中賞受賞) 『中国医書の文献学的研究』(H25年度科研費研究公開費・学術図書205010、汲古書院)__ ・特別提言「鍼灸教育・コア・カリキュラム〜鍼灸学系大学協議会からの発信」(9:00〜10:20 萩) 座長:明治国際医療大学 河井正隆  東京有明医療大学 坂井友実 演者:河井正隆1)、矢野忠1)、坂井友実2)、福田文彦3) 1)明治国際医療大学 2)東京有明医療大学 3)明治東洋医学院専門学校 【本提言の目的】『鍼灸学系大学教育モデル・コア・カリキュラム』を広く紹介し、参加者とともに今後の鍼灸教育の海図を共有すること。 【本提言の背景と意義】「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」(第2条)には、文部科学大臣の認定した学校又は厚生労働大臣の認定した養成施設において解剖学、生理学、病理学、衛生学など、あん摩マッサージ指圧師、はり師又はきゅう師に必要な知識及び技能を修得した者に、国家試験の受験資格を与えると記されている。その国家試験の受験資格は「あん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師に係る学校養成施設認定規則」に記載があるものの、鍼灸師に必要な知識・技能の具体的項目と到達目標については明記されていない。また、卒業時に鍼灸師が最低限の修得すべき項目も触れられていない。それらは、教育現場に任されているのが実情である。そのような状況では、教育の内容や質について学校間で差異が生じることは必然である。ただ一つ共通目標は、国家試験の合格であり「国家試験出題基準」が教育内容の代替として用いられているのが現状と思われる。現行の「国家試験出題基準」は、教育現場で使用している教科書(特別支援学校の理療科及び東洋療法学校協会指定の教科書)を参照して作成されたもので、その内容は教科書の項目を大・中・小項目として整理したものに過ぎず、教育現場では海図なき航海のごとくである。また、「はり師又はきゅう師となるのに必要な知識及び技能」とは何か、そして、どのような知識・技能を修得すればよいのか、といった基本的な検討が無いまま教育は進められてきた。これらのことを直視し、鍼灸教育の基礎・基本に立ち返ることが今、強く求められる。その意味で、鍼灸教育における海図ともいえるモデル・コア・カリキュラムの作成は極めて重要かつその意義は大きい。医学教育・看護教育・理学療法教育等の医療人養成教育においては、すでにモデル・コア・カリキュラムが作成され、改定作業を通して常に時代に応じた医療人の養成教育の実践に努めている。看護学教育に至っては、「わが国の大学における看護学教育の質保証−日本看護系大学協議会の挑戦−」の具体化として「日本看護学教育認証評価機構」を設立し、看護学の質保証に取りかかっている。以上を踏まえ、改めてモデル・コア・カリキュラムの構築は鍼灸教育の喫緊の課題といえる。 キーワード:鍼灸教育、モデル・コア・カリキュラム、海図 ●略歴 ■河井正隆 【学歴】2003年 大阪大学大学院人間科学研究科教育学専攻博士課程修了(博士(人間科学)) 【略歴】 1989年 明治東洋医学院専門学校専任教員 2019年 明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科准教授 2021年 明治国際医療大学基礎教養講座人文科学・外国語ユニット准教授(現在に至る) − ■矢野忠 【学位】 1987年 帝京大学医学博士 【略歴】 1978年 東京教育大学教育学部附属理療科教員養成施設卒業 1990年〜2023年明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科教授 2018年〜2023年明治国際医療大学学長 2023年〜 明治国際医療大学名誉学長・鍼灸学部鍼灸学科名誉教授(現在に至る) ■福田文彦 【学位】 2007年 明治鍼灸大学(現、明治国際医療大学) 博士(鍼灸学) 【略歴】 2015年 明治国際医療大学・大学院教授 2019年〜 明治国際医療大学特任教授、大学院教授 2019年〜 明治東洋医学院専門学校鍼灸学科長(現在に至る) ■坂井友実 【学位】 2004年 明治鍼灸大学(現、明治国際医療大学) 博士(鍼灸学) 【略歴】 1978年 東京教育(現、筑波)大学理療科教員養成施設卒業 1978〜1984年 筑波大学理療科教員養成施設臨床専攻生、非常勤講師、文部技官 1984年 東京大学医学部物療内科文部技官 1991年 筑波技術短期大学鍼灸学科助教授 2005年 筑波技術大学保健学科鍼灸学専攻教授 2009年〜 東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授(現在に至る) ・パネルディスカッション1「ここぞ鍼灸の出番〜ダブルライセンス鍼灸師(鍼灸師×医師、理学療法士、看護師、薬剤師)の視点から〜」(9:00〜10:50 橘) 座長:学校法人呉竹学園坂本歩さとう鍼灸院佐藤駿 PD1-1 ここぞ鍼灸の出番−ダブルライセンス鍼灸師の視点から− 演者:冨田健一 医療法人清生会谷口病院リハビリテーション科  理学療法士の主要な仕事である筋力トレーニングも関節可動域訓練も、最終的には患者の新陳代謝や恒常性に委ねています。つまり五臓が良好な状態でなければ、どんなに素晴らしい理学療法も効果は上がりません。しかしながら理学療法士には五臓を良好な状態に導く手段は持ち合わせておらず、理学療法の範疇を越える多様な症状で悩む患者を、特に在宅で目の当たりにした際には、何もできない無力感を覚えます。この患者からの多様な訴えに即座に対応できる確率を上げてくれたのが鍼灸のライセンスでした。鍼灸師と理学療法士のダブルライセンスでは1. 理学療法士では不可能な運動療法の下地作り2. 数字では表せない生命徴候の把握の二点が可能となります。一つ目の理学療法士では不可能な運動療法の下地作りとは、運動療法を円滑に進めるために、日々変化する患者の心身を整えることです。訪問リハビリを開始する際の『今日のお加減はいかがですか?』という問いに対し、患者は『イライラして寝むれないの』『空腹だけど食欲がないの』など、リハビリの適応となった疾病や外傷に直接関与しない、そしてライセンスの範疇を越えた主訴を返答してくる事があります。もちろん公的制度における訪問リハビリでは、鍼灸の施術による解決はできません。しかしながら鍼灸の概念を用いて、予測される病態と自分で行える対処方法の説明(症状を寛解させる可能性のある経穴の紹介や施灸の方法そして養生法の指導)を実施する事は、運動療法は元より患者さんとの信頼関係の構築に役立っています。次に数字では表せない生命徴候の把握とは、一般的な生命徴候では表現されない身体状況を把握しリスク管理に生かすことです。生命徴候とは呼吸・体温・血圧・脈拍のことを指し、正常値と共に運動療法の禁忌となる基準値があります。つまり運動療法の禁忌となる数値に該当しなければ、運動療法を咎める理由はありません。しかしながら生命徴候が正常値でも、気色や舌の状態、脈状が不良であることは珍しくなく、この四診の価値観が運動療法の負荷量の調整や運動療法後の養生に役立っています。近年の地域包括ケアシステムの構築に伴い在宅医療の重要性が高まる中、各専門職は地域に根差すほど、ライセンスの範疇を超えた役割が求められます。今回の講演では鍼灸師と理学療法士のダブルライセンスによる有益性について紹介します。  開示すべきC OI関係にある企業はありません。 キーワード:ダブルライセンス、地域医療、養生法、生命徴候、リハビリテーション ●略歴 1998年 高知医療学院理学療法科卒業 明治国際医療大学附属病院リハビリテーション科入職 2007年 仏眼鍼灸理療学校鍼灸学科(夜間部)卒業 2009年 明治国際医療大学リハビリテーション科学ユニット助手 2017年 医療法人清生会谷口病院リハビリテーション科入職 PD1-2 医はき師てらぽんとしての活動 演者:寺澤佳洋 口之津病院  私は高校卒業後、明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)にて、はり師・きゅう師の国家資格を取得した後、医師の道を歩み始めました。  現在は内科および総合診療科を中心に、医師として15年目の臨床経験を積んでいます。  私自身、鍼灸で腰痛が改善したこともあり、鍼灸は素晴らしいものと思っていますし、正しく広まることを願っています。  そのため、日常診療のかたわら、「医はき師(=医師、はり師、きゅう師)てらぽん」として活動しています。鍼灸が正しく広まり、活用され、困っている人々がより良い生活を送れるよう支援することを目指しています。  このパネルディスカッションでは、鍼灸と西洋医学の融合、鍼灸が医療界でどのような位置づけで考えられ、活用されているかについてなどを経験、実例や文献に基づき紹介したいと思います。  そして、鍼灸の更なる進展と発展のために、皆様と共に深い議論を交わすことを楽しみにしています。 キーワード:医はき師、医師、西洋医学、総合診療 ●略歴 2004年 明治鍼灸大学(現明治国際医療大学)鍼灸学部卒業 2010年 東海大学医学部医学科卒業 2020年 グロービズ経営大学院経営研究科卒業 2012年 藤田保健衛生大学(現:藤田医科大学病院)や豊田地域医療センターなど 2020年〜 医療法人弘池会口之津病院内科・総合診療科 PD1-3 鍼灸がもっと身近になるために 鍼灸師になった看護師が思うこと 演者:野村美香 はりきゅうSORA   看護とは、あらゆる年代の個人や家族、集団、地域社会を対象とし、そのすべてが最大限の健康を取り戻し、できる限り質の高い生活ができることを目的とした支援的活動である。本来その人が持つ自然治癒力に働きかけ、回復しやすい環境を整え、健康の保持増進や病気の予防や苦痛の緩和を行い、生涯を通して、その人らしく暮らしていくことができるよう、身体的、精神的、社会的に支援することである。  看護の仕事とは、患者の日常生活への支援(療養上の世話)や医師の指示に基づき安全で効果的に治療が受けられるように、専門知識を持って、治療をサポートすること(診療の補助)であり、また、患者自身の治療に向けた選択をサポートする相談や、自立に向けた指導、一緒に活動する医療スタッフの調整なども大切な仕事である。  演者は看護学校を卒業後700床規模の病院で病棟看護師として勤務をしていた。鍼灸という言葉さえ知らずに、日々の看護に注力していた。多種多様な疾患を持つ患者の看護に携わるなかで、患者の苦痛全てに看護力だけでは、軽減できないこともあり、ジレンマを感じていたが、多忙な日々に追われ、何もアクションを起こせずにいた。自身喘息を発症し、コントロール不良となった。主治医から漢方薬を勧められるが効果がないと拒否し続けたが、入院を機に漢方薬の内服を開始した。想像以上に効果を感じ、東洋医学ってすごいではないかと思い、漢方薬を自己学習し、薬膳インストラクターを取得した。ある日、腱鞘炎になり装具を付けていると、漢方医に「鍼してみる」と勧められ、何それと思いつつ受けると、その場で痛みが治まり「これは魔法」と聞くと、「魔法ではありません、これは鍼灸治療です」と言われた。これが、鍼灸との出会いであった。効果を実感し、それ以後、鍼灸治療を受けるようになった。治療を受ける中で、これまで看護だけでは対応できなかった症状などにも、鍼灸が介入できると知り、自身でも実施したいと思い、鍼灸師を目指した。鍼灸学校入学から、今日までに感じたことを交え、鍼灸が身近になるためには、患者の一番近くにいる看護師と繋がり、そこから派生して患者、医師、他のコメディカルとも繋がること、SNSなどを利用して鍼灸の素晴らしさを情報発信して、鍼灸を知らない人と繋がること、何よりも全国の鍼灸師と繋がり情報共有して、患者を紹介し合えるようになることが必要だと考えている。 キーワード:看護師、鍼灸師 ●略歴 1987年 泉州看護専門学校卒業 1987年 公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院入職 2021年 北野病院退職 2020年 明治東洋医学専門学校卒業 2022年 はりきゅうSORA開院 PD1-4 ここぞ鍼灸の出番ダブルライセンス鍼灸師×薬剤師の視点から 漢方薬との併用、または鍼灸優先のポイント 演者:生出拓郎 (有)おいで薬局  薬剤師として働きながら鍼灸師になろうと思ったきっかけの一つが、あまりにも多い多剤併用です。漢方薬局で勤務していたため、西洋医学よりも中医学の対応が適している際は漢方薬を勧めるのですが、あまりにも服用薬が多い場合は、漢方薬といえども勧めるのを躊躇します。せっかく相談に来ていただいても、対応できる手札が無い。そんな時に、服薬以外の方法でアプローチができればと思い、鍼灸師を取得をしました。そのため、服用薬が多い場合は、まずは鍼灸を優先させます。鍼灸の効果により、上手く併用薬が減ってきた場合は、状況により漢方薬の追加を検討します。また当たり前の事ですが、鍼灸施術では胃腸を直接通過しない為、漢方薬でも脾胃の負担になる方には鍼灸に利点があります。脾胃の働きを強化する漢方薬ですら、負担に感じる方もおりますので、この点は改めて鍼灸の強みであると感じます。さらに、本来中医学では、漢方薬と鍼灸は車の両輪として併用される事が一般的ですので、併用により相乗効果を期待できます。併用する事で一番期待できるのは、効果がでるスピードです。主に、即効性・鎮痛・ 鎮静目的で鍼灸を、継続的な改善目的で漢方薬を使いますが、併用する事で単独よりも、効率的よく効果が発揮できます。他にも、鍼灸、漢方薬いずれか一方をベースとして、補助的に併用する場合もあります。 こちらは主訴により、どちらをベースにするか相談の上で対応しております。 キーワード:漢方薬との併用、薬剤師 ●略歴 2004年 東北薬科大学(現:東北医科薬科大学)薬学部薬学科卒業 2006年 同仁堂薬局勤務 2014年 おいで薬局勤務 2018年 赤門柔整鍼灸専門学校卒業 2020年 おいで鍼灸院開院 ・パネルディスカッション2「医師・鍼灸師連携について 今後の医療を見据えて」(9:00〜10:20 白橿1) 座長: 公益社団法人未来工学研究所小野直哉 PD2-1 鍼灸と精神医療の相互連携 APネットワークの取り組み 演者:中村 元昭 昭和大学発達障害医療研究所   精神医療の現場では、抗うつ薬の目覚ましい普及にも関わらず、うつ病患者は増え続けており、アメリカや中国などにおいては、「うつ」を主訴として鍼灸院を訪れる人は少なくない。鍼灸は気分障害における代替医療として注目されており、世界保健機関(WHO)もうつ病や神経症に鍼灸が有効である可能性を支持しており、精神科鍼灸の臨床研究のエビデンスも集積されつつある。しかし、わが国における精神科鍼灸の普及や研究は世界から立ち後れていると言わざるを得ない。演者は10年間にわたる精神科病院での鍼灸臨床研究の経験から、精神疾患を患う患者に対する鍼灸の有用性を実感している。具体的には、精神疾患患者の不安抑うつ症状に加え、自律神経失調などにともなう診断名のつかない身体愁訴を改善する効果を確認している。研究活動のみにとどまらず、精神疾患に悩む患者さんに鍼灸という医術を届けるシステムの構築が重要であると考え、APネットワークを立ち上げた。APネットワークとは、鍼灸師(A:Acupuncturists)と精神科医(P: Psychiatrists)の相互的な連携システムである。そのミッションは「東西両医学を駆使し、メンタルヘルス不調に寄り添う治療と養生を社会に届ける」であり、ビジョンは「東西両医学を越境し人々がつながり、常に学び合い、助け合う場となる」である。コロナ禍の2021年12月末にAPネットワークのメーリングリストを立ち上げて、現在は500名以上が参加している。2ヶ月毎にオンライン研究会を開催し、既に12回ほど開催した。さらにAP連携の強力なツールとなる「鍼灸院リスト」の初版が完成した。本発表では、演者の実施した精神科鍼灸研究を概観し、APネットワークの活動内容を報告し、今後の方向性・発展性について議論を深めたいと考えている。 キーワード:精神医療、気分障害、発達障害 ●略歴 1996年 日本医科大学卒業 1996年 東京都多摩老人医療センター(現・多摩北部医療センター) 1998年 都立広尾病院神経科 2000年 東京医科歯科大学附属病院精神科(医員) 2003年 ハーバード大学医学部精神科(ポスドク研究員) 2007年 神奈川県立精神医療センター芹香病院(医長) 2014年 神奈川県立精神医療センター(部長) 2017年昭和大学発達障害医療研究所(副所長・准教授) PD2-2 熊本赤十字病院での取り組みと病棟内鍼灸師の確立について 演者:加島雅之 熊本赤十字病院総合内科  熊本赤十字病院は、490床33診療科、平均在院日数9.2日、年間救急総数50002名、救急車搬入件数8642件(2022年度)と超急性期の総合病院である。その中で、2019年度から常勤鍼灸師が1名おり、入院患者および一部の職員に対しての鍼灸施術を行っている。2019年から2024年2月現在で、延べ800名以上に対して鍼灸施術を施行している。  現代医学では、手術療法や抗生物質に代表される病巣の排除および、抗炎症療法に代表される体内の過剰な反応の遮断、輸液・循環作動薬・人工呼吸に代表される循環・呼吸管理の基本的な管理に優れている。  一方で、人体が治癒していくことに対する働きかけに乏しい。漢方には人体の治癒機転を促進するための方法論が数多く開発されてきた。人体の治癒を促進する因子を考えてみると、食べて、寝て、動いて、苦痛が除かれることと想定できる。これらに対して漢方薬も一定の効果を上げることが出来るが、現在の社会情勢から求められる入院期間の短縮においては、効果が得られるまでに時間がかかりすぎる。鍼灸は即効性を期待することができ、急性期の入院医療において低コストであり大きな意義を発揮しうる。また、急性期の神経系の症状や筋症状に対しての現代医学の治療方法は、腫瘍や血腫に対する手術、血管内治療、抗炎症療法しかなく、多彩な神経症状に対する十分な治療法が確立できているとは言いが痛い。これらに対しても鍼灸は大きな効果を期待することができる。当院では、主にこれらをターゲットした鍼灸療法を導入している。  こうした取り組みから見えてきた病棟で活躍できる鍼灸師の条件として、上記内容に対する施術技術は勿論のこと、漢方医とのコンビネーションの場合は漢方的病態についてのディスカッションが出来ることや、患者の西洋医学的な病態の把握、特に易感染性・血行動態不安定などの鍼灸施術が禁忌となる病態の理解、カルテの読み方・記載、医師および他の医療スタッフとのコミュニケーションが西洋医学の文脈でも行え、高度な感染対策といった急性期医療のための基礎知識が必要である。また、この分野の研究開発・発信を行うための、EBMの方法論、症例発表・臨床研究の基礎知識、更に古典などの急性期を鍼灸が担っていた時代の記録を応用できる素養も求められる。 キーワード:病棟内鍼灸師 ●略歴 2002年 宮崎医科大学医学部卒業熊本大学医学部総合診療部入局 2005年〜 熊本赤十字病院内科勤務 2013年〜 総合内科副部長 2014年〜 総合診療科兼務 2017年〜 熊本大学医学部臨床教授漢方医学系統講義担当 熊本大学薬学部非常勤講師 東邦大学医療センター大森病院東洋医学科客員講師 2018年〜 宮崎大学医学部臨床教授総合内科担当 2019年〜 現職 PD2-3 鍼灸の臨床研究における医師と鍼灸師の連携:その意義と課題 演者:増田卓也 三井記念病院総合内科・膠原病リウマチ内科 東邦大学医療センター大森病院東洋医学科 (一社)北辰会 近年、鍼灸治療の作用機序や治療効果のエビデンスが得られてきたが、日本は欧米と比較し医療機関における鍼灸治療の提供は普及しておらず、よい適応であるにも関わらず治療の機会を失っている患者が多い。 既に海外では、診療ガイドラインに鍼灸が組み込まれている。例えば、ヨーロッパリウマチ学会(EULAR)の線維筋痛症(FM)ガイドライン2016年度版では、鍼灸を始めとした非薬物療法をFirst-lineで開始することを推奨している。日本のFMガイドライン2017年度版は、上記EULARの治療アルゴリズムを引用しているが、日本人に対するエビデンス不足との結論となっている。よって、日本人での鍼灸の臨床試験が望まれるが、そのためには病院や診療所と鍼灸研究機関や、臨床研究の経験のある鍼灸師が連携し、エビデンスを創生していくことが必要となる。2024年現在、国立がん研究センター中央病院緩和医療科では、化学療法誘発性末梢神経障害、乳房切除後疼痛症候群に対する鍼灸治療の臨床試験が行われている。演者もオブザーバーとして参加しているが、臨床試験の課題として、1.提供できる鍼灸治療体制のキャパシティに限界があること、2.今後のランダム化比較試験に向け、多施設共同研究が必要になること、3.臨床試験参加後の継続治療の際に、紹介先の鍼灸院の確保が難しいこと(緩和ケア領域に詳しく、また臨床研究の経験があると望ましいため)が挙げられた。そこで演者は、緩和ケア鍼灸の卒前臨床教育・卒後臨床研修も見据え、都内近隣にある鍼灸師養成校の専門学校、大学に所属する鍼灸師と臨床試験担当医師とのミーティングの機会を設けた。その結果、主にがん完治後の軽度の後遺症例の鍼灸継続治療の紹介先として鍼灸の教育・研究機関が機能し得るか、まずは臨床での連携を試みることとなった(抄録提出時現在調整中)。こうした連携を通して、現場での手応えや課題を蓄積し、今後の多施設共同研究を計画していく予定である。また、担当する鍼灸師側に緩和ケアの鍼灸/がん患者に対する医療接遇の研修の機会があると望ましいこと、鍼灸師側より施術中の急変時などの際に病院側へ対応の要望などの課題が浮上した。こうした、鍼灸の臨床試験を病院の医師と近隣の鍼灸研究機関/教育機関の鍼灸師が連携して行うことは、まさに今後の医療を見据えた先進的な取り組みである。講演では、上記の新たな形の連携について概説する。 キーワード:医師と鍼灸師の連携、臨床研究、他施設連携 ●略歴 2017年 久留米大学医学部卒業 2019年 大船中央病院初期臨床研修修了 2022年 三井記念病院総合内科・膠原病リウマチ内科専攻研修修了 2022年 同院総合内科・膠原病リウマチ内科医局員 2022年 東邦大学医療センター大森病院東洋医学科非常勤勤務 ・実技セミナー5「男性不妊に対する鍼灸治療」(9:00〜9:50 白橿2) 実技セミナー5 座長:三瓶鍼療院 三瓶真一 PS-5 男性不妊に対する鍼灸治療 演者:伊佐治景悠、辛島充 SR鍼灸グループ  本邦の出生数は減少の一途を辿っており少子化が社会的な問題となっている。少子化対策の一環として2022年4月から不妊治療の保険適応範囲が拡大され、回数制限は設けられているが生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology: ART)も保険診療が可能となった。  不妊症は、世界保健機関の調査で原因の半数は男性にあると明らかになってからも女性の問題と捉えられることが多い。保険診療となったARTは、精液所見が低値であっても受精させることが可能であるため、卵子と比較して精子の質は未だに注目されることが少ない。しかし、精液所見の低値群と高値群を比較すると精子のDNA断片化率が低値群の方が高く、また精子のDNA断片化率が高い状態であると良好胚盤胞の獲得率が低下するなど、近年精子の重要性を示す研究も増加している。一方、これまでに我々は中穴の骨膜刺激が精巣の血流増加や前立腺特異抗原の分泌量上昇、鼠径部刺激が精巣の血液循環向上の作用を有していると報告している。今回の実技セミナーではこれらの刺激方法を紹介する。なお、開示すべきCOI関係にある企業等はありません。  ARTが保険診療となり経済的なハードルは低下したが、回数制限が設けられていること、女性の肉体的、精神的負担が高いなど多くの問題点も残されている。鍼灸治療で造精機能を向上させることがART回数や期間の短縮に繋がる可能性もあり、不妊治療を行っている患者の負担軽減に寄与するのではないかと考えられる。 キーワード:男性不妊、精巣血流、前立腺特異抗原、不妊、生殖補助医療 ●略歴 ■伊佐治景悠 2013年 明治国際医療大学鍼灸学部卒業 2015年 明治国際医療大学大学院修士課程修了 2018年 明治国際医療大学大学院博士課程修了 2018年 SR鍼灸烏丸開院 2019年 東洋医療専門学校非常勤講師 2021年 SR鍼灸茨木-蔵- 開院 2023年 SR鍼灸-はなれ- 開院 2023年 SR鍼灸大阪開院 ■辛島充 2014年 明治国際医療大学鍼灸学部卒業 2016年 明治国際医療大学大学院修士課程修了 2019年 SR鍼灸烏丸勤務 10時〜11時 ・特別講演3「慢性疼痛診察ガイドライン〜最新研究を踏まえた痛みの治療up to date」(10:00〜10:50 メインホール) 特別講演3 座長:北海道鍼灸専門学校 川浪勝弘 SL3 慢性疼痛診療ガイドライン −最新研究を踏まえた痛み治療のup to date− 演者:伊藤和憲 明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科  慢性疼痛に対する鍼灸治療の効果は、数多く報告されている。特に腰痛のような筋骨格系(末梢性・脊髄性)の痛みに関しては数多くの臨床試験が実施されており、腰痛や頭痛などに対して鍼灸治療の有用性が報告されている。これらは末梢性や脊髄性の治効機序が働き、疼痛局所では血流改善に伴う発痛物質の減少や、脊髄でのコントロールで痛みを軽減することが知られている。一方、線維筋痛症のような中枢性(脳性)の痛みに関しても、臨床試験が実施され、その有用性も報告されている。治効機序としては、末梢性とは異なり、脊髄後角を経由して中脳水道周囲灰白質などの脳機能を活性化させ、下行性疼痛調整系を賦活させることが知られている。また、鎮痛系以外にも自律神経系や免疫系にも作用することで様々な症状が改善することが明らかとなっている。このように、鍼灸治療は慢性疼痛患者の各症状に対して効果的であることから、2021年に発刊された慢性疼痛診療ガイドラインでは慢性頚部痛や慢性頭痛、線維筋痛症などの慢性疼痛に対して、弱く推奨されている。しかしながら、痛みのメカニズムや治効機序を考慮して鍼灸治療を行わなければ効果が得られないことも明らかとなっているため、ガイドラインには「慢性疼痛に対して適切な知識を有する鍼灸師」に診察してもらうことが必要と記載されている。  他方、近年では原因が明確でない痛みは痛覚変調性疼痛と呼ばれ、線維筋痛症やCRPSなどがその代表である。その背景には、扁桃体や背外側前頭前野などの脳機能異常や脊髄過敏化により痛覚受容機構や鎮痛機構を変調させているため、新たな診療ガイドラインが必要とされている。実際、痛覚変調性疼痛患者では、鍼灸治療の効果が減弱することが知られており、効果が認められにくい。そのため、痛覚変調性疼痛患者では、通常の治療に加えて、脊髄過敏化を抑制するような内臓症状へのアプローチ、大脳辺縁系をコントロールするようなラポール形成、背外側前頭前野をコントロールするような頭皮鍼通電や認知行動療法、さらには社会的つながりを改善するための社会的処方(養生)などが必要となる。 このように、慢性疼痛に対する診察や鍼灸治療はシステマティックに行う必要があるため、いつでもどこでも同じ診察・治療・生活指導が行えるように電子カルテと体調管理アプリを用いたエビデンスに基づく次世代型の疼痛診療が鍼灸領域でも始まっている。 キーワード:慢性疼痛、痛覚変調性疼痛、下行性疼痛調整系、慢性疼痛ガイドライン、養生 ●略歴 2002年 明治鍼灸大学大学院博士課程修了 2002年 明治鍼灸大学鍼灸学部臨床鍼灸学教室助手 2008年 トロント大学(カナダ) 研究職員 2009年 明治国際医療大学鍼灸学部臨床鍼灸学教室講師・准教授 2015年 同教室教授 2017年 明治国際医療大学大学院研究科長・教授 2019年 明治国際医療大学鍼灸学部学部長・鍼灸学講座、兼鍼灸臨床部長 2021年 YOJYOnet株式会社CEO 2023年 日本養生普及協会会長 ・シンポジウム5「経穴委員会主催『教育・臨床・研究の視点からの経穴詳解』」(10:30〜11:50 萩) 「教育・臨床・研究の視点からの経穴詳解ー三陰交・合谷・百会についてー」 座長:関西医療大学 保健医療学部はり灸・スポーツトレーナー学科 坂口俊二 アコール鍼灸治療院 河原保裕 S5-1 教育の視点から−鍼灸師教育における経穴の位置づけと課題 仲村正子 森ノ宮医療大学医療技術学部鍼灸学科 鍼灸師にとって経絡経穴学は、教育・研究・臨床において重要な役割を持つが、それぞれの立場によって重視されることが異なる。私の発表では、三陰交・合谷・百会の三穴について教育の視点から深堀し、研究・臨床的視点がどのように関連しあっているかを再確認することを目的とする。 1.学生からみた経穴 自身が大学生であった4年間、ティーチングアシスタントを経験した大学院生での2年間、そして大学での鍼灸師養成教育の職に就き7年目となるが、学生・大学院生・教員のどの立場からみても経絡経穴学を苦手科目とする学生は少なくなかった。特にその傾向が強いのは経穴名や部位を丸暗記するという学修となる低学年であるが、高学年になると他の科目との関連性や臨床実習での応用、国家試験対策では得点源となることがわかるとやや緩和されるという流れがあるように感じる。 2.鍼灸師教育における経穴の位置付け 2020年度(第29回)国家試験より経絡経穴概論の問題数は20問に増え、他の科目でも経穴の知識を必要とする問題を併せると全体の1/6程度で経穴に関連する問題が出題され、当然のことながら重要な位置付けがされていると言える。 本学の4年間では、1年次に経穴名と部位、2年次に経穴の局所解剖、3年次に経穴や体表指標の触診、4年次には臨床実習での応用と国家試験対策というカリキュラムとなっている。また、入学前教育では経穴名の暗唱を課題としている。 3.百会、合谷、三陰交 いずれも臨床で多用される経穴であり、臨床を想定した使用方法や臨床研究で得られている知見について説明している。また、解剖学的な視点からの安全性について、ご献体の解剖から得られた研究データを踏まえて説明している。2023年に開催したオンデマンドでの鍼灸安全性セミナーでは、受講後のアンケートで頭頂孔について授業で学修していないと回答した参加者が多くみられた。 4.臨床・研究とのつながり 臨床実習の指導を兼務する教員には、授業で教える『指標』としての経穴と、臨床実習で教える『反応点・治療点』としての取穴方法との乖離によるジレンマを抱える方も多いのではないだろうか。組織や硬結を治療点とする、いわゆる西洋医学的な治療でも生じる事象である。まとめ教育の役割として、臨床と研究をつなげることが重要であると考える。臨床で生じた疑問を研究的な思考で解明していくことができる人材の育成をしていく必要がある。 キーワード:経絡経穴学、教育、三陰交、合谷、百会 ●略歴 2016年 浜松大学健康プロデュース学部健康鍼灸学科卒業 2018年 明治国際医療大学大学院鍼灸学専攻修士課程修了(鍼灸学修士) 2018年 森ノ宮医療大学保健医療学部鍼灸学科助手 経絡経穴学関連授業科目を担当 2020年 森ノ宮医療大学医療技術学部鍼灸学科助教現在に至る__ S5-2 教育・臨床・研究の視点からの経穴詳解 ー三陰交・合谷・百会ー 臨床家はどうやってツボを取っているのか 演者:山見宝 全日本鍼灸学会経絡経穴委員会 愛媛県立中央病院漢方内科鍼灸治療室 森ノ宮医療大学鍼灸情報センター  臨床家は、どうやってツボをとっているのか?代田文誌は、『鍼灸真髄』において、「道の至極の処は実参実究により自得するより他に致し方ない低のものである。」と記している。この表現は、学び、体験し、反省修正し、研究することが重要であると私は理解している。時代が移り、表現・理解は異なっているが、教育・臨床・研究の視点からの経穴の詳解は非常に意義深いものである。『医道の日本888号発刊記念特集ツボのとらえ方』(2017)には、85人それぞれの立場での考えが、寄稿集としてまとめられている。 多くの先生方は、ツボは反応点であり治療点であると考えていることがわかる。生体は何らかの反応を体表に表しており、その反応を正確にとらえることが重要である。また、そのツボの反応をとらえる指頭感覚の重要性も指摘している。そこには、経験・訓練・センスが必要である。皆さんは、駅の構内などの雑踏の中に、友達の存在に気付いた経験をお持ちでしょう。また、止まっているエレベーターに躓いた経験も然りである。なぜそのようなことが起こるのでしょうか。脳が勝手に情報を処理し、自分の意思に反した行動をするために起こる反応(反射)であると言われている。定位反応(反射)も、その一つである。 しかし、知識も、情報も、経験、もない場合には起こるものではなく、無意識に沈んでいる知識・情報・経験に反応し、センスも大切のようである。シンポジウムでは、私の知識・情報・経験の一つとして、1:湯液に『神農本草経』があるように、鍼灸には明堂経がある、2:ツボは反応点であること、3:ツボは固定されたものではなく変化(状態・空間的位置・機能)するものであること、4:ツボの決定は定位反応(反射)とセンスが働いていること、5:三陰交、合谷、百会についての、ツボの探り方・ツボの反応・ツボに対する手技・ツボの主治症など、について報告する。 キーワード:経穴詳解、臨床家、定位反応、主治症 ●略歴 1990 明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)卒業 同年愛媛県立中央病院東洋医学研究所技師 2013 愛媛県立中央病院漢方内科鍼灸治療室(施設名変更)現在に至る 2014 森ノ宮医療大学鍼灸情報センター客員講師現在に至る S5-3 三陰交、合谷、百会を研究の視点から検討する 臨床試験での対象疾患と刺激方法の現状 演者小井土善彦 せりえ鍼灸室 【目的】三陰交、合谷、百会は、古くから臨床で多く使用されている。これら3経穴は、Pubmed、Cochrane Library、医中誌、eJIMなどのデータベースで多くの論文が検出できる。しかし、対象疾患や刺激方法を明らかにした報告は少ない。そこで、本研究は、これら3経穴の臨床試験での対象疾患と刺激方法を明らかにすることを目的とした。利益相反(COI)はない。 【方法】2024年1月に、2019から2023年までの臨床試験を、国内外のデータベースで調査した。国外はPubmedを使い、検索語は、Sanyinjiao、Hegu、Baihuiとし、論文タイプはClinical Trialとした。国内は医中誌Webを使い、検索語は、三陰交、合谷、百会とし、論文タイプは比較研究とした。対象疾患は、A整形外科疾患、B呼吸・循環器疾患、C消化器・代謝疾患、D神経疾患、E精神疾患、F膠原病、G耳鼻科・眼科疾患、H産婦人科疾患、I泌尿器疾患、J小児科疾患、K外科領域への応用、L緩和医療への応用、Mその他に、刺激方法は、鍼、灸、鍼灸併用、その他に分類した。 【結果】Pubmedで三陰交は115編、合谷は97編、百会は115編が検出された。対象疾患は、上記アルファベットで表記し、上位3疾患を示す。三陰交はDが24編(20.9%)、Kが23編(20.0%)、Hが20編(17.4%)、合谷はKが27編(27.8%)、Dが23編(23.7%)、Gが13編(13.4%)、百会はDが43編(37.4%)、Eが17編(14.8%)、KとHが各12編(10.4%)であった。刺激方法は、鍼は三陰交が81編(70.4%)、合谷が65編(67.0%)、百会が90編(78.3%)、灸は三陰交が5編(4.3%)、合谷が2編(2.1%)、百会が8編(7.0%)、鍼灸併用は三陰交が5編(4.3%)、合谷が2編(2.1%)、百会が5編(4.3%)、その他は、三陰交が27編(23.5%)、合谷が34編(35.1%)、百会が14編(12.2%)であった。医中誌Webで三陰交は10編、合谷は3編、百会は4編が検出 された。対象疾患は、三陰交はHが5編(50.0%)、Mが4編(40.0%)、Eが1編(10.0%)、合谷はEが1編(33.3%)、Gが1編(33.3%)、Mが1編(33.3%)、百会はEが2編(50.0%)、Mが2編(50.0%)であった。刺激方法は、鍼は三陰交が3編(30.0%)、合谷が2編(66.7%)、百会が3編(75.0%)、灸は三陰交が4編(40.0%)、鍼灸併用は三陰交が2編(20.0%)、その他は三陰交が1編(10.0%)、合谷が1編(33.3%)、百会が1編(25.0%)であった。 【考察と結語】本研究から、これら3経穴は臨床試験で多く使用され、様々な刺激方法が用いられている ことが分かった。今後は、基礎研究などさらに詳細な研究が必要である。 キーワード:鍼灸、調査、臨床研究、Pubmed、医中誌 ●略歴 【学歴】 2014年 明治国際医療大学大学院鍼灸学専攻修士課程終了 【略歴】 1992年〜現在 せりえ鍼灸室院長 2008年〜現在 神奈川県立衛生看護専門学校助産師学科非常勤講師 2009年〜2016年 森ノ宮医療大学保健医療学部鍼灸学科非常勤講師 2016年〜現在 東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科非常勤講師 ・シンポジウム6「教育研修部主催『東洋医学教育の多様性』」(10:30〜11:50 白橿1) 「東洋医学教育の多様性ー古典教育と電子教材、授業展開と取り組みー」 座長:学校法人呉竹学園東京呉竹医療専門学校 中村真通  明治東洋医学院専門学校鍼灸学科 福田文彦 S6-1 古典教育と電子教材について 正しい伝統医学教育は可能か 演者:浦山久嗣 仙台赤門医療専門学校 日本伝統鍼灸学会 経絡治療学会 【問題の所在と定義】ここでいう古典とは近代以前に東アジアの言語で記述されたすべての文献を指しており、独り古代中国で著録された特定の医書を意味しない。しかし、研究対象が伝統的な中国古伝医学をエヴィデンスとする以上、漢文文献が中心になることは必然である。 【目的】伝統医学である以上、過去の記録内容を根拠として立論せざるを得ないが、現代医学の常識と齟齬するものは随時修正していく必要がある。また、その齟齬がどこにどの程度生じているかを論証しない限り、実用的な伝統医学とは呼べない。そこで、各用語を逐一定義づけるとともに現代用語との違いを探ることが教育の目的とせざるを得ない。 【方法】伝統的な解剖学用語一つを例にとっても、必ずしも正しく理解されておらず、WHO経穴であっ ても古典とは異なる部位にプロットされていることを、実例をもって論証を試みたい。【結果と考察】例えば、『甲乙経』巻三中の3穴、すなわち「尺沢:在肘中約上動脈(肘窩横紋上の動脈)」「曲沢:在肘内廉下陥者中屈肘得之(肘窩横紋内側端の陥凹部)」「少海:在肘内廉節後陥者中動脈応(肘関節内側上顆の上尺側側副動脈上の陥凹部)」を見ても明らかなように、現在我々が認識している経穴部位とは明らかに異なる。このように、「古典」の理解は時代や地域によって随時変化していることを考慮する必要がある。 【結語】果たして、現実の伝統医学は科学的臨床実験を行い得ているのだろうか。 キーワード:古典、漢文、解剖学用語、経穴部位、臨床実験 ●略歴 1988年 赤門鍼灸柔整専門学校鍼灸指圧科卒業 2004年 WHO西太平洋事務局経穴部位国際標準化会議伝統医学テンポラリィアドバイザー(〜2006年) 2007年 赤門鍼灸柔整専門学校東洋療法教育専攻科勤務(〜2022年) 2022年 仙台赤門東洋医療専門学校(鍼灸マッサージ東洋医療科・鍼灸医療科第二部)勤務 S6-2 東洋療法学校協会電子教材(経穴)の運用 演者:松下美穂 森ノ宮医療専門学校  公益社団法人東洋療法学校協会(以下、学校協会)では、2022年6月より、電子教材検討会を立ち上げた。その活動内容は、今後、ICT教育を推進していくために、学校協会編教科書の電子版の発刊・授業や実習で使用できる電子教材の作成・ICT教育を取り入れていくための方法の検討・提案を行っている。電子教材と呼ばれるものは様々なものがあるが、電子教材検討会ではまず動画の作成を取り組むこととなった。動画教材は、授業時の教員が使用できるだけでなく、事前に学生に配信することにより予習することもでき、また、自信のペース合わせて繰り返し学習することが可能となる。現在、動画教材として経絡経穴概論・徒手検査の作成を行っている。経絡経穴概論の動画作成では、当初、取穴の動画を作成する予定であった。しかし、検討していくなかで、体表指標を正しく触れなければ取穴はできない、体表指標の触れ方・説明の仕方に教員間に大きな差がみられる、体表指標を触れることができれば取穴だけでなく解剖学の学習にもなる、経穴の特性については教員間で考え方の差が大きく、それが取穴にも大きく関わるため様々な意見が出てくる可能性がある、などの意見が出された。初年次に経絡経穴概論を学ぶことが多いが、教員によって指標が異なることは、特に初学者は混乱することになり、学ぶことの苦手意識につながっている可能性も示唆される。また、直接患者の身体に触れて施術を行うあはき師にとって、身体に正しく触れることにより、傷害などの評価をすることにも重要なものであると思われる。そのため、今回は取穴ではなく「取穴に必要な体表指標を触れ方」を動画として作成することとなり現在、撮影・編集を行っている。臨床の場面においての経穴は、必ずしも取穴部位通りではなく、患者のその日の身体の反応によって差異がみられることは多い。それにより、学生は取穴部位を覚えることの意義に疑問を感じることもあるが、標準的な経穴の部位を正しく取ることができれば、その部位からどのようにずれているかということも説明することが容易となる。電子教材を活用することは、学生が自学自習するためだけでなく、今までの学校教育に+することにより、これまで以上の教育を目指すための大きなツールの一つであると考え られる。 キーワード:ICT教育、電子教材 ●略歴 1999年 京都教育大学教育学部スポーツ健康コース卒業 2003年 森ノ宮医療学園専門学校鍼灸学科卒業 2002年 トレーナーズラボ勤務 2006年 森ノ宮医療学園専門学校鍼灸学科専任教員 2006年〜2014年 大阪大学大学院歯学研究科高次脳口腔機能学講座口腔解剖学第2教室専修学校研修員 2015年森 ノ宮医療学園専門学校鍼灸学科学科長 2023年 森ノ宮医療学園専門学校校長補佐__ S6-3 古典医学を楽しく学んでもらうために 日常のどこにでもある東洋医学と経絡経穴 演者:船水隆広 学校法人呉竹学園臨床教育研究センター  鍼灸やあん摩マッサージ指圧の養成学校に入学し最初に期待する科目は、東洋医学概論・経絡経穴概論であると考えられます。日常に目にしてきた現代医学的な要素ではなく、古典に基づいた伝統医療の科目は、どの養成学校でも1学年に学ぶ、まさにTHE東洋医学の出発点となり、期待度が最も高い科目とも言えます。ただし、それは日常には感じることがなかった思想や難解な漢字や専門用語の山でもあり、期待値が高かった分、苦手意識が強く感じてしまうと嫌いになる科目度合いも大きくなってしまいます。複雑な漢字が苦手・難解な考え方が苦手・回りくどい言い方が不得意など苦手意識が毎回の授業ごとに産み出され、学びの姿勢がいつの間にか暗記偏重に変換され、真の意味を理解しないまま学ぶと、先人たちがその生命をかけて獲得してきた知恵と知識を継承すること無い、奥行きが無い、無味無臭の東洋医学となり、臨床に活かされること無いまま、将来の人々の健康が危機的状況に陥るきっかけになるかもしれません。 そこで初学者に対し苦手意識を産み出さず、楽しく頭にスラスラと入り、学生が将来「自ら考え実践できる東洋医学」になるための授業方策が必要となります。今回のシンポジウムでは、その方策をいくつかの例を挙げご紹介していきます。 キーワード:東洋医学、経絡経穴概論、東洋医学概論 ●略歴 2001年学 校法人呉竹学園東京医療専門学校教員養成科卒業 2018年 人間総合科学大学大学院人間総合科学研究科心身健康科学専攻修士課程卒業 2015年 学校法人呉竹学園東京医療専門学校鍼灸マッサージ科科長就任 2018年 学校法人呉竹学園臨床教育研究センターマネージャー就任 11時〜12時 ・大会会頭講演「鍼灸でつながる診察、教育、研究」(11:00〜11:50 メインホール) 大会会頭講演 座長:(公社)全日本鍼灸学会会長 若山育郎 演者:高山真 東北大学病院総合地域医療教育支援部(総合診療科、漢方内科) 2024年、第73回公益社団法人全日本鍼灸学会学術大会にご参加をいただきまして、心から感謝申し上げます。2019年から蔓延した新型コロナウイルス感染症の間、私が所属しております東北大学病院では、宮城県内の広域 感染対策を行い、特に当部局では軽症者等宿泊療養施設の医療支援を行ってまいりました。 その経験から、これまでに経験のない疾病に対して、歴史的観点から伝統医学を活用することで貢献できることを感じました。コロナによる社会制限の一方で、オンラインを用いた新たな技術展開により、人の移動無しに、つながりを持つことが可能にもなりました。医療においても、遠隔診療などが導入され、より簡便にアクセスができ、提供される時代になってきました。便利になる一方で、人と人との直接的なつながりも見直されてきております。伝統医学の本質は、患者と直接向きあい、接し、個人の体質や病態を把握し、思いをくんで通じ合い、患者に合う治療、施術をするところにあります。多様化する社会において、あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師、医師、歯科医師など、それぞれの立場で鍼灸に携わる方々がつながり、そのつながりから各人の専門性をいかした医療連携が展開されることが期待されます。さらに、医学教育、歯学教育、薬学教育、看護学教育の各モデル・コア・カリキュラムに漢方医学教育が取り上げられたこともあり、日本の伝統医学としての鍼灸も今後多くの医療職種の理解が望まれるステージに入りました。 他職種の中には、教育者、研究者、臨床家など様々な意味も含まれます。教育機関の鍼灸師、研究を行い情報発信する鍼灸師、臨床で高い技術を持ち施術を行う鍼灸師、など多くの立場で伝統医学を伝え、発展させる方々のそれぞれの立場のつながりも重要です。高い施術技術が教育され、臨床の現場における疑問から研究が進み、研究結果が各施術に応用されるなど、教育、研究、臨床はそれぞれの立場があるものの、一体となって鍼灸のレベルを底上げするものと考えています。世界的には、伝統医学として鍼灸が非常に広く活用されてきております。その臨床効果も日本から発信され、医療現場での活用も日々広がってきております。今後の鍼灸の発展を祈念しつつ、私が歩んできた医師の立場から鍼灸に向き合う姿勢をお話しさせていただきます。 キーワード:鍼灸、漢方、連携、活用、相互理解 ●略歴 1997年 宮崎医科大学医学部医科学科卒業 1997年 山形市立病院研修 2001年 石巻赤十字病院循環器科 2010年 東北大学大学院医学系研究科医学博士課程修了、ミュンヘン大学麻酔科留学 2011年 東北大学大学院医学系研究科先進漢方治療医学講座講師 2015年 東北大学病院総合地域医療教育支援部准教授・副診療科長 2019年 東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座特命教授 ・教育講演9「鍼灸師が知っとくとよいエコーの診方」(11:00〜11:50 橘) 教育講演9 座長:口之津病院内科・総合診療科 寺澤佳洋 EL9-1 鍼灸師が知っておくとよいエコーの診方 可視と不可視の交錯、大衆化する医療機器 演者:小林只 弘前大学医学部附属病院総合診療部 一般社団法人日本整形内科学研究会 金沢大学医薬保健研究域医学系機能解剖学分野 株式会社アカデミア研究開発支援  経穴・経絡は知覚できるか?  人は、見える、触れる等の五感で知覚できる対象を真実と、そして知覚できない対象を虚偽と認識しがちである。しかし五感では知覚できない電磁波や分子を、我々はテクノロジーで認識し、実生活に利用する。医学の歴史では、人体内の観察は、屍体解剖による観察が主だったが、X線写真により生体内の観察が可能となった。西洋医学は、静止画記録と分析を強みとする構造分類学として発展した。脳、心臓、筋肉など境界が明瞭な臓器が生体を機能させ、これらを繋ぐ結合組織は「その他」として除外分類されてきた。CTやMRIという高性能機器もまた、臓器中心の疾病探しに発展し、結合組織はノイズとして扱われてきた。超音波診断装置(エコー)は、MRIより解像度が高く、かつ生体の動きも評価できる。内視鏡機器と同様、我々はようやく生体内を動画で精密に観察できるようになった。  医療機器を使用できるのは誰か?  医師法では、医業(医行為を業として実施すること)を独占行為として規定する。医行為とは、医師でなければ実施するのが危険な行為であり、業とは反復継続の意志(有償無償を問わない)と解される。そして、医療機器とは医行為を目的とした機器であり、その危険性によりクラス1〜4に分類される(4が最も危険)。厚生労働省は、テクノロジーの活用による自動化(例:クラス2の自動血圧計、クラス3の自動体外式除細動器, AED)、または使用者への適切な教育(例:クラス2の経鼻胃管カテーテル)により、後追い”で公に使用可能な対象者を認可してきた。エコーは近年、血圧計や体温計のように医師、看護師、療法士、鍼灸師、一般人でも利用が広がり、大衆化されつつある。一方で、眼への使用は眼障害のリスクから薬機法上の規制対象であるなど、その使用には一定の知識が必要である。鍼灸師が、医師が使用する注射針と同じ分類の医療機器(クラス2)である鍼を使用できるのは、その扱いを教育課程で学ぶからである。私は看護師のエコー活用教育システム(Pocket Echo Life Support, PELS)を開発し2016年より展開してきた。今後、鍼灸師がエコーを学ぶ仕組みの構築が期待される。 解剖分類学と部分観に基づく西洋医学の鍼Dry needling、機能学と全体観に基づく東洋医学の鍼Acupunctureは現状区別される。ファシアとエコーは知覚対象を広げ、東西医学を繋ぐ架け橋となるだろう。 キーワード:医師法、薬機法、超音波診断装置、エコー、ファシア ●略歴 2008年 島根大学医学部医学科卒業(医師) 2012年 六ケ所村国民健康保険尾駮診療所 2016年 金沢大学大学院医薬保健学総合研究科機能解剖学修了(博士) 2016年 弘前大学医学部附属病院総合診療部助教 2020年 同上学内講師 2021年 一級知的財産管理技能士(国家資格)取得 2022年 知的財産高等裁判所専門委員(兼任) 2022年 株式会社アカデミア研究開発支援代表取締役社長(兼任) 2024年 島根大学医学部客員准教授(兼任)__ EL9-2 鍼灸師が知っておくとよいエコーの診方 東洋医学と西洋医学を繋ぐファシアとエコー 演者:銭田良博 一般社団法人日本臨床リカレント教育研究センター(JCREARC)理事長 一般社団法人日本整形 内科学研究会 株式会社ゼニタ銭田治療院千種駅前  鍼灸師が知っておくと良いエコーの診療における活用方法(診方)として、本講演ではレッドフラッグ、精密治療としてのFasciaファシア(全身を繋げ、支える立体網目状の線維構成体)、東洋医学と西洋医学の共通言語と多職種連携の3点について主に紹介する。  レッドフラッグとは、見逃してはいけない疾患を示唆する徴候や症状のことであり、鍼灸師にとっては鍼灸治療の医学的な不適応病態とも言える。例えば、急性頚部痛で受診する脳卒中や、肩こり症で受診する心筋梗塞、関節炎(偽痛風、感染症など)が生じている関節疾患、出血傾向の強い患者への深部刺鍼などが挙げられる。エコーは、後2者の判断について役立つ。  発痛源を正確に評価し、アプローチすることは治療精度に直結する。経穴はファシアに存在し、経絡はファシアの機能解剖学的連続性で説明可能とも報告されている。そのため、私達鍼灸師は、ファシアを治療する専門家ともいえる。ファシアの異常病変を見分けるためには、筋・腱・血管・末梢神経・脂肪組織などを構造的に把握し、これらの診方の技術が必要となる。エコーは解剖構造認識(体表解剖、肉眼解剖、エコー解剖)の一致性を高め、これらの学習を通じて、治療精度を向上させる。  ファシアは、東洋医学と西洋医学の共通言語として活用でき、多職種連携を促す。レントゲン・CT・MRIではファシアを評価することは困難であるが、エコーはMRIよりも高い解像度、そして動画評価により動きまで評価できる。高性能化するエコーは、東洋医学の可視化というパラダイムシフトを促す機器の1つとしても期待されている。例えば「得氣」は局所性単収縮(Local twitch response, LTR)として観察でき、治療手技の1つである「雀啄」が生体内でどの構造をどのように刺激しているかも観察できる。このようにエコーは、今までは表現困難であった鍼灸師の治療(介入)前後の変化を示すことが可能になりつつある。  エコーは鍼灸師にとって、現代科学のテクノロジーの活用という側面を有する。運動機能疾患であれば、上記3つの観点に基づく整形内科学的評価を通じて、鍼灸師が医師へ相談する知識と技能の修得を促し、医師が鍼灸師に頼る機会を増やし、医療業界の臨床・教育・研究・連携・経営にも活かすことができる可能性を秘めている。 キーワード:ファシア、エコー、整形内科、レッドフラッグ ●略歴 1992年 信州大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業 1996年 早稲田医療専門学校東洋鍼灸学科II部卒業 2024年 信州大学大学院博士課程総合医理工学研究科総合理工学専攻ファイバー工学分野在学中 2013年 医療法人昌峰会加藤病院総合リハビリテーション室 2016年 学校法人河合塾学園トライデントスポーツ医療看護専門学校理学療法学科顧問 2024年 株式会社ゼニタ代表取締役